テロへの警戒続くフランス
欧州からの「IS」参加者増加の一途
フランスや他の欧州諸国から、シリアやイラクで活動するイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の戦闘に加わる若者が、増加の一途をたどっている。ISが流す宣伝動画に登場するIS戦闘員の中に、既に何人かのフランス人が含まれており、フランス当局は国内の治安確保を含め、対策を強化している。特にテロの標的としてフランスは名指しされており、緊張が高まっている。(パリ・安部雅信)
宣伝動画にフランス人も
8日、南仏ニースを訪れたマニュエル・バルス仏首相は、イラクとシリアで戦闘を繰り広げるISに加わる欧州人が、今年末までには、現在の3倍の1万人に達する可能性が高いと述べ、警鐘を鳴らした。
同首相は、「イラクとシリアには現在、約3000人の欧州人が戦闘に加わっているとみられるが、今後数カ月の予測では、夏までには約5000人、年末には1万人に増加する可能性がある」との見方を示した。さらに、これらの地域に入った欧州人で既に帰国した者も増加を続けており、フランス国内でのテロが懸念されると述べた。
現在確認されているシリアとイラクの戦闘に参加している欧州人では、人数としてはフランス人が最も多く、一方人口比ではベルギー人が最多と指摘されている。フランス以外の国でも、戦闘地域からの帰国者は多く、英国では半数が帰国しているとされる。複数の英メディアは、帰国者にはISに絶望して帰国する例もあることが紹介されている。
一方、フランス国籍のIS戦闘員の中には、ISの脅迫動画に登場している者も確認されている。10日に公開された、12歳前後の少年がイスラエルの男性を殺害する動画では、フランス語で在仏ユダヤ人を脅迫するメッセージを語った男が、フランス当局が把握していた男性である可能性が極めて高いとされている。
動画では、19歳のモハメド・サイド・イスマイル・ムサラムと名乗るアラブ系イスラエル人男性を、イスラエル情報当局のスパイだと告白させた後、12歳前後とみられる少年が拳銃で頭部を撃って殺害する場面が映し出された。その少年の傍らに立っていた男が、フランス語で在仏ユダヤ人を脅迫するメッセージを話している。
フランスの複数のメディアは、仏捜査関係筋の話として、男は2012年に南仏トゥールーズで起きた仏兵およびユダヤ人学校の襲撃で7人を殺害したモハメド・メラ容疑者(事件当時、特殊部隊によって射殺)に近い人物としている。男はイスラム過激派グループの中心人物として仏情報当局の監視対象となっていたサブリ・エシド容疑者(31)である可能性が非常に高いと当局は指摘している。
エシド容疑者の父親は、メラ容疑者の母親と同居しており、エシド容疑者はメラ容疑者だけでなく、メラ容疑者の兄でイスラム聖戦主義の傾倒者とされる人物とも親しい関係にあったとされている。また、エシド容疑者は06年に国際テロ組織アルカイダのシリアの潜伏場所にいたところを逮捕され、フランスに送還後、5年間服役した過去がある。
エシド容疑者は、聖戦主義活動家としてメラ兄弟に影響を与えた可能性が高く、時期は確認できていないが、フランスでの服役後、シリアに戻り、現在はISの戦闘に参加し、フランス語圏の兵士のリーダー格になっているとみられている。
一方、フランスからはISの兵士になるためにシリアやイラクに渡った者だけでなく、少数ながら、対イスラム国兵士として戦闘に加わっている在仏クルド人もいる。フランスに住む彼らの多くは、イラクの旧サダム・フセイン政権の圧政から逃れた難民たちで、フランス国籍を取得し、妻や子供がいる場合も多い。
IS勢力がクルド人自治区を脅かす事態の中、家族を置いて戦闘地域でISと戦うフランス国籍者のクルド人が増えつつある。そのため、フランス政府は、戦闘地域では敵同士であるフランス国内のアラブ系住民とクルド系住民が衝突を起こさないか懸念している。
ISを攻撃する者は全て敵と見なすISとしては、在仏のクルド人に対しても攻撃を加える可能性を排除できない。特にISの兵士にとって、クルド人兵士は軍事訓練を受けた最強の敵と見なされており、クルド人ネットワークは敵視されている。
一方、ソマリアを拠点とする国際テロ組織アルカイダ系過激派組織、アルシャバーブが2月末に、今後のテロ攻撃対象として、フランス国内2カ所の大型ショッピングモールのル・フォーロム・デ・アールとレ・キャトル・タンを名指しした。ル・フォーロム・デ・アールはパリ中心部、レ・キャトル・タンはパリ郊外のビジネスセンターにある。
同攻撃予告などを受け、仏内務省は、現在敷いているテロ特別警戒態勢をパリおよび郊外でのテロの危険性が依然高いとの判断から、少なくとも数カ月延長すると発表した。同警戒態勢は、今年1月にパリで起きたテロ襲撃事件を受けて実施され、増員分を含め、警察官や憲兵隊、仏軍兵士など約12万人が動員されている。
テロ攻撃の標的予告をされた大型モールのレ・キャトル・タンがあるラ・デファンス地区は、仏最大手石油会社などフランスを代表する大企業の本社ビルが立ち並ぶビジネスセンターで、1月のテロ襲撃事件後もテロ組織から何度も脅迫を受けている。
さらにテロ特別警戒態勢の延長を決定したパリ東南郊外のオー=ド=セーヌ県南部モンルージュでは、1月のテロで女性警官1人が射殺されており、テロの現場となった。1月のテロ事件では、関与したとされる数人が逮捕されているが、テロ計画の全容は解明されていない。
1月中旬から実施されているテロ特別警戒態勢では、従来の警戒態勢に加え、1万500人の軍兵士が増員され、シナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)やその他のユダヤ関連施設、マスコミの入っている建物、学校、空港、地下鉄、列車の駅、観光スポット、大型ショッピングモールなど、約830カ所が警戒強化対象となっている。仏防衛省によれば、1日100万ユーロ(約1億3000万円)の費用が掛かっているとしている。