フランス人人質殺害に動揺

「イスラム国」系組織が画像公開

 アルジェリアでイスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」の関連組織に拉致されたフランス人人質が殺害され、フランス社会は動揺を隠せない状況だ。仏国内のイスラム教徒も追悼集会を行うなど、イスラム国の残虐行為に抗議の声を上げている。一方、シリアやイラクの戦闘地域から帰還するイスラム国メンバーのテロへの懸念はますます高まる一方だ。(安倍雅信)

新テロ防止法案可決

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北アフリカ・アルジェリアで「イスラム国」系組織の人質となったフランス人男性エルベ・グルデルさん(中央)=9月22日公開(AFP=時事)

 9月26日、フランス・パリのイスラム教礼拝所のモスクで、北アフリカ・アルジェリアでイスラム国系テロリストの人質となり殺害されたフランス人男性エルベ・グルデルさん(55)をしのぶ追悼集会を行い、数百人が集まった。集会ではテロ根絶を訴えた。

 欧州最大規模の500万人に上るイスラム社会を抱えるフランスでは、イスラム教徒への嫌悪感が高まっている。そのため、在仏イスラム教徒の間では学校や職場でのいじめや嫌がらせを懸念する声が高まっている。既に移民排撃を主張する右派・国民戦線(FN)の支持率も高まっている。

 イスラム国に忠誠を誓う北アフリカ・アルジェリアの武装組織「カリフの兵士」は24日、人質にしていたフランス人男性の首を切断して殺害する映像をインターネット上に公開した。同映像では、イラクでイスラム国に対する空爆を行う米軍に合流したフランスに対する「血のメッセージ」だと主張している。

 殺害されたのは、フランス南部ニース出身の山岳ガイドのグルデルさんだった。グルデルさんは、アルジェリアのフランス人旅行者向けのハイキングコースを視察するため同国を訪れていた。21日に「カリフの兵士」に誘拐され、24時間以内に空爆を停止しなければ処刑するとのメッセージをグルデルさんの映像とともに公開したが、フランス政府が応じなかったために殺害された。

 同処刑映像の公開は、イスラム国が米国人や英国人の処刑映像を流したのに続くものだった。ただ、これまではシリア・イラクが中心で、イスラム国が実行したものだったが、今回はイスラム国への忠誠を誓うアルジェリアの過激派組織が実行した形だ。

 フランスはアルジェリアの旧宗主国であり、1991年のアルジェリアの総選挙でイスラム教国家建設を目指す政党が勝利したのに対して、フランスは選挙を無効とする軍事政権を支援し、10年以上の内戦で1万5000人が犠牲となった。その間、95年にはアルジェリアの武装イスラム集団(GIA)がパリ地下鉄サンミッシェル駅をはじめとする連続爆弾テロを実行するなど、フランスはイスラム過激派のテロの標的となった。

 その後、国際テロ組織アルカイダの関連組織、イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQMI)によるアフリカ地域でのフランス人拉致などが繰り返され、さらに昨年は、西アフリカ・マリでフランス軍がイスラム過激派の掃討作戦を実施したこともあり、報復テロの危険が高まった。

 9月25日には、イラクのアバディ首相が、訪問先の米ニューヨークでイスラム国がパリの地下鉄を狙ったテロを計画しているとの情報を得ていると述べ、注目を集めた。同首相は、イラクで逮捕したイスラム国メンバーの供述に基づいて得られた情報とし「イラク国内から攻撃計画を立案しているネットワークがある」と語った。

 同情報に対して、ファビウス仏外相が情報を確認できていないとする一方、カズヌーブ仏内相はシリアやイラクからの帰国後に逮捕されたフランス人イスラム国メンバーの情報として、フランス国内でテロ計画が進められているとの情報もあることを認めている。

 一方、イラクでイスラム国に対し、米軍が行っている空爆に参加しているフランスのルドリアン国防相は10月2日、米ワシントンでヘーゲル米国防長官と会談し、イスラム国に対するシリアでの空爆へのフランスの参加などについて協議した。

 米側が「イスラム国の脅威は特定の国境の中に存在しているわけではない」とし、シリアでの空爆にもフランスが参加すべきだとの認識を示したのに対して、ルドリアン国防相は参加の是非については明言を避けた。フランスはシリアでのイスラム国攻撃については、アサド政権を利する可能性があるとして慎重な姿勢を崩していない。

 フランス国民議会は9月18日、シリアやイラクで戦闘訓練を受けるフランス国籍者が増加しているのを受け、新たなテロ防止法案を与野党の賛成多数で可決した。法案の骨子は、まず国外のテロ活動へのフランス国民の参加を防止するため、当局は渡航目的がテロ活動と判明した場合、パスポートを没収して国外渡航を禁止できるとしている。

 さらにメディアに対してテロ行為の扇動罪が新たに設けられた。これはイスラム過激派系のメディアやソーシャルネットワーク・メディアなどを通じ、聖戦主義を扇動するような行為を取り締まるためだ。また、個人的テロ計画罪が新設され、現行のテロ集団に関与する罪だけでなく、単独でテロ行為に及ぶ者を取り締まることが可能となった。

 加えてテロを扇動するウェブサイトへのアクセスを禁止する措置を当局がインターネット接続業者に要求できるとしている。同措置は個人や言論の自由を侵害する可能性があるとの批判もあったが、現状の深刻さから批判は弱まり、国内でのテロの脅威が高まっているとの認識から、支持された形だ。

 イラクやシリアの戦地に向かう若者が急増する欧州では、その動きを止める取り組みが加速している。フランスでは、パリの地下鉄などが標的にされる懸念が高まったとして、地下鉄や公共施設の警戒態勢強化に乗り出している。また、イスラム国と関連する人物の摘発も進めているが、その把握と監視には限界があると専門家は指摘している。

 フランスでは、アラブ系移民のみならず白人の若者までもが聖戦主義に感化され、シリアやイラクでの戦闘に加わっている。その原因の一つが不況の長期化と格差拡大、高失業率が若者を自暴自棄にしている現状がある。ただ、政府にとってこの問題を解決するめどは立っておらず、テロへの不安は高まる一方だ。