英の有志連合参加、「イスラム国」打倒は不透明
キャメロン英首相が求めたイラク空爆の動議が英下院で26日承認されたのを受けて、英軍はオバマ米大統領が呼び掛けたイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」打倒の有志国連合に参加した。英国はシリア空爆には加わらず、地上軍投入も排除した形で参戦する。だが、英国内では2003年のイラク参戦での反省から、今回の参戦に関しても不透明感が払拭されないでいる。(ロンドン・行天慎二)
長期的戦略の展望を欠く
識者見解要旨
英メディアなどに掲載された中東問題専門家や識者の意見を見ると、オバマ大統領とキャメロン首相はイスラム国打倒という反テロ戦争の大義を掲げる一方、長期的戦略の展望を欠くとともに、シリアやイラクの複雑な国内事情とイスラム諸国間の利害関係を十分に把握していないと指摘されている。以下で主な意見の要旨を紹介する。
英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のシャシャンク・ジョシ上級研究員 イスラム教スンニ派過激組織であるイスラム国はイラク、シリアで領土拡大をしているが、イスラム国による欧米諸国へのテロは差し迫ったものではない。イスラム国は空爆だけでは打倒できない。イラク軍などの地上軍も弱く、イスラム国はイラク、シリアで当分存続する。イラク軍、スンニ派、クルド部族、シリア反政府派などを長期的に軍事訓練することがなければ空爆しても効果がない。イラク内のスンニ派と連合してイスラム国と戦うことができなければ失敗する。
英王立国際問題研究所のジェーン・キンニンモント上級研究員 疎外されたイラクのスンニ派と長年の紛争で過激化したシリア人が現状に変わり得るものを必死に求めている状況に付け入ってイスラム国は出てきている。イスラム国に対処するためにはシリアでの和平が必要。
シリアでの和平とイラクでの政治安定のためには、両政府に影響力があるイランからの支援、シリアとイラクの反体制派に影響力があるサウジアラビアの支援が必要であり、ライバル関係にあるイランとサウジアラビアがイスラム国を共通の敵と見て協力することがカギを握る。英米はイランに近づき、サウジ・イラン協力関係を促進すべきである。ただし、イラクがイスラム国と戦うためにイランとシーア派民兵に頼り、スンニ派を排除するなら事態は悪化する。
空爆と無人機による攻撃は、イラクやその他でも聖戦主義の軍事組織に対して効果的な記録を残していない。空爆が拡大すれば、イスラム国は民間人の地域に入り込み、無実の人々が殺されることになる。
英紙ガーディアンのコメンテーター、サイモン・ジェンキンズ氏 イラク、シリア、イラン、クルドからなる地域での新たな力の均衡がなされて初めてイスラム国を無くすことができる。欧米による空爆は地域の統合でなく分裂を利するだけで、むしろイスラム諸国の反欧米意識を高めてイスラム国への義勇軍を募り、イスラム国を助けることになる。
英政府が戦争状態へ戻ればブレア政権時代のように恐怖の政治を強化することになる。テロに対する警告が頻繁になされ、官庁、鉄道や空港など公共交通機関での警備が厳しくなる。
ピーター・ヘイン下院議員(労働党) 政治的解決がなされなければならない。シリアでの内戦が長引き、イスラム国が出てきたのは、シリアのアサド政権との交渉、またその背後にあるロシアとイランとの交渉の失敗の結果である。
英紙インディペンデントの中東特派員、パトリック・コックバーン氏 英米による最初の意図が何であれ、01年のアフガニスタン、03年のイラク、11年のリビアなどの武力介入は、終わりなき破壊的な紛争を生み出している。
イラクの新政権は依然としてシーア派によって占有されている。キャメロン首相は、スンニ、シーア、クルド、キリスト教徒を含んだ政府を作ることを支援すると述べているが、夢想でしかない。8月8日以来イラクで米国は194回の空爆を行ってきたが、イスラム国の戦闘員は6週間後もまだ進軍している。空爆でイスラム国の勢いをひっくり返すことができるとの兆候はほとんどない。
米国、英国などの有志国軍が弱体化したイラク政府とイラク軍を支援するのであれば、もっと深く介入することなくしてはなされ得ないので、空爆だけでなされ得ると装うのはミスリードである。英米とスンニ派君主国家であるサウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、バーレーン、ヨルダンとの同盟は疑問である。こうした絶対的君主国家と連合しながら、キャメロン首相が英米は民主的で責任がある政府を支援していると装うのは偽善的だ。
イスラム国と効果的に戦うためには、英米とその同盟国はイスラム国と戦っているシリア軍、シリアのクルド、レバノンのヒズボラ、イランとイランから支援された武装組織などと協力関係を築く必要がある。