アブサヤフの犯行か 比南部で外国人誘拐が相次ぐ

身代金要求なく捜査難航

来年の選挙を控え増加懸念

 フィリピン南部でイスラム過激派によるとみられる外国人誘拐事件が相次ぎ、緊張が高まっている。身代金の要求や犯行声明がないなど不可解な点も多く、治安当局の捜査は難航。人質の安否が心配されている。来年の選挙を控え、誘拐事件が増加するとの懸念も広がっている。(マニラ・福島純一)

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北サンボアンガ州で拉致されたイタリア人男性(男 性が経営するレストランのフェイスブックから

 事件があったのは北ダバオ州サマル島にある高級リゾート施設。9月21日夜に、少なくとも11人の武装集団が侵入し、カナダ人男性2人とノルウェー人男性1人、そしてフィリピン人女性1人を拉致してボートで連れ去った。日本人女性も拉致されそうになったが、夫の米国人と海に飛び込んで危機を脱した。施設には警備員がいたが、多勢に無勢で抵抗できなかったという。

 拉致現場となったリゾート施設があるサマル島は、治安が良いことで知られるダバオ市のすぐ沖に位置しており、今回の事件は現地の観光業界にとって大きな衝撃となった。犯行から2周間以上が経過しても、身代金の要求や犯行声明などは確認されておらず、犯行グループの正体や犯行動機は明確ではない。治安当局は犯行の手口などから、反政府イスラム過激派アブサヤフの犯行との見方を強めている。

 事件の翌日に拉致現場となったリゾート施設付近では、フィリピン共産党の軍事部門である新人民軍(NPA)の犯行をうかがわせるメッセージが残されていた。しかし、地元市長はボートを使った犯行の手口などから、NPAによる犯行説を否定している。その後、治安当局の捜査により、アブサヤフの活動拠点となっているスルー州で、逃走に使用されたとみられるボートを発見。さらに人質の目撃情報などもあり、国軍が情報の確認を急いでいる。

 大統領府の報道官は、この事件があくまでも「極端な事例」だと説明し、地域が依然として安全であると主張。警察と軍が人質の追跡に全力を尽くし、早期の解放を目指していることを強調した。報道官によると、2001年にもアブサヤフがサマル島を襲撃し、観光客の拉致を試みたが失敗していたという。

 フィリピン南部を拠点とするアブサヤフは、国際テロ組織アルカイダに関連するイスラム過激派で、外国人を誘拐し高額な身代金を要求することで知られている。昨年にはヨットで航海していたドイツ人の男女2人を誘拐し、2億5000万ペソ(約6億4000万円)の身代金だけでなく、ドイツ政府に対し、米国による過激派組織「イスラム国」への攻撃に協力しないよう要求するなど、このところ存在感を増しており、国軍が掃討作戦を強化している。

 アブサヤフは現在、オランダ人、韓国人、マレーシア人などの人質を保持しており、8月には人質だったフィリピン人の村長が斬首されて殺害されている。

 一方、10月7日には、北サンボアンガ州ディポログ市で、イタリア人男性が武装集団に拉致される事件があった。拉致されたのは市内でレストランを経営する56歳の元牧師の男性で、レストランにいたところを6人の武装集団に襲撃されて拉致された。逃走に使用された車が海岸付近で発見されており、ボートに乗り換えて別の場所に連れ去られたとみられている。イタリア人男性は1980年代にバチカンから宣教師として北サンボアンガ州に派遣されていた。この事件でも、身代金の要求や犯行声明はまだ出ておらず、犯行グループの正体は不明だが、アブサヤフの犯行も疑われている。

 これらの一連の事件を受け、在フィリピン日本国大使館は10月9日に、フィリピン南部ミンダナオ西部地域に渡航中止勧告を出し、在留邦人や観光客に注意を呼び掛けている。

 またフィリピンでは来年に選挙を控えており、資金集めを目的とした誘拐事件の増加が懸念されている。資金が必要な一部の政治家と、庇護(ひご)が必要なアブサヤフなどの犯罪組織が癒着しているとの指摘もある。