中国全人代開幕、「新常態」へ現実路線

憲法順守訴え香港独立派牽制

 中国の第12期全国人民代表大会(全人代=国会)第3回会議が5日、北京の人民大会堂で開幕し、経済成長率の目標引き下げや国防費増を発表した。民主化をめぐる大規模デモで揺れた香港については一国二制度の原則を改めて確認した一方、初めて中国憲法の順守を強調し、香港独立派を牽制(けんせい)している。(香港・深川耕治)

香港の普通選挙改革へ布石

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中国全国人民代表大会で演説する李克強首相=5日、北京(EPA=時事)

 李克強首相は同日の政治活動報告で2015年の国内総生産(GDP)の成長目標を7・5%前後から7%前後へ3年ぶりに引き下げることを発表。今年を「改革の全面的深化の鍵を握る年」と位置付け、「わが国の経済発展は新常態(ニューノーマル)に入り、峠を越える重要な段階を迎えた」と強調した。

 一方、国防予算案は不透明な数値ながら前年実績比10・1%増の8868億元(約16兆9000億円)を計上し、5年連続で2桁の伸び率を堅持。同時に発表された教育、社会保障予算に比べ、軍現代化を進める国防費の伸びは抜きんでていることや軍幹部の汚職問題が国際社会からの厳しい視線を浴びている。

 14年の中国の経済成長率は7・4%。中国は高度成長から安定成長への転換を目指す「新常態」と呼ばれる新たな経済成長鈍化時代に入り、一定の減速を容認する方向転換に迫られている。GDPの成長目標を7・0%前後へ引き下げることで高度成長を支えた仕組みを転換しなければ、今後の発展が行き詰まるとの危機感が背景にある。国内の成長要因は飽和状態になりつつあることでGDPの構成3要素(投資、消費、輸出)のいずれも鈍化傾向であることが大きい。

 また、中央アジアから欧州に向かうシルクロード経済ベルト構想、東南アジアからインドに延びる21世紀海上シルクロード構想(一帯一路構想)で国外のインフラ受注も掲げ、日韓との自由貿易協定(FTA)交渉推進も打ち出している。

 香港については「一国二制度」の原則に従い、中央政府の強力な支援の下での繁栄維持を表明。全人代の張徳江常務委員長も4日、北京で香港やマカオの代表団と会談した。昨年の香港大規模デモを受け、「何かのたくらみを持つ者が香港と本土の関係を破壊しようと挑発している」と述べ、中国本土からの個人旅行客や並行輸入業者に対して地元住民の排斥デモを行って摩擦が高まっていることを憂慮している。

 香港では最近、政治民主化をめぐる雨傘革命と呼ばれる大規模デモ、政治の停滞、中国人旅行者に対する抗議と衝突問題が相次ぎ、政治活動報告で新たに言及されるとの見方も出ていたが、実際は香港とマカオに関する部分は原稿1㌻分のみだった。

 李克強氏が首相就任後、初めてだった昨年の全人代政治活動報告では香港に関するキーワードである「一国二制度」「港人治港(香港市民による香港統治)」「高度な自治を保障する」が抜け、香港への締め付けが強化されるのではないかとの懸念が高まったが、今回はこれらの用語が復活した。

 これらのキーワードを使った原則を堅持するとの表現を復活させた上で「中国憲法、それぞれの特別行政区の基本法を順守する」と表明。

 昨年は「高度な自治」「港人治港」「澳人治港(マカオ市民によるマカオ統治)」という重要な用語が政府活動報告だけでなく、国政助言機関・中国人民政治協商会議(政協)の政策方針からも抜けていて香港の民主派メディアは中央政府の香港への政治的締め付けが強まるとの懸念を伝えていた。

 昨年は香港基本法(ミニ憲法)に触れる程度だったが、今年は初めて中国憲法の順守に言及。香港の民主派(反政府派)に対しての警告と見る向きもあるが、全人代香港代表らは「(中国憲法の順守は)国民一般に伝えたもので、香港市民をなだめたり、深読みする必要はない。『港人治港』『高度な自治』などの用語は中央の香港政策には常に存在する」(全人代香港代表の梁愛詩元香港律政官)と政治的に敏感な部分をなだめる発言が相次いだ。

 5日、政協常務委員の范徐麗泰(リタ・ファン)元香港立法会議長は「香港の新界地区で1日に起きた並行輸入業者や中国本土客への抗議デモを念頭に中国憲法の順守を加えたのだろう」と述べ、「(昨年、香港で起きた民主化デモでは)中国政府が禁止する香港独立を唱える分別のない人々もいるので香港も中国の憲法に従うべきことを急進派に知らしめる意味があるのだろう」との見方を示した。

 急進民主派組織「熱血公民」と「本土民主前線」が1日に香港・元朗で行った中国本土観光客を含む並行輸入業者排斥デモでは、警官隊と衝突し、38人が逮捕された。『香港城邦論』などの著作がある陳雲嶺南大学助教授をネット上で「香港独立の父」と称賛する一部の香港独立派も含まれており、中央政府も動向を憂慮している。

 政協香港区委員の劉兆佳全国香港マカオ研究会副会長も「香港独立を叫ぶ市民は憲法と中国政府を軽視している。若年層に浸透する香港の排外主義を食い止めるべきだ」と指摘。5~6月には中央政府が決定した普通選挙改革案を香港立法会(70議席)で通せるかどうかを決める政治的に敏感な時期を迎え、香港独立の動きに警鐘を鳴らす。

 香港の政治評論家・許●(=木へんに貞)氏(智明研究所総監)は「今年の政府活動報告は従来より友好的、建設的で前向きに評価すべきだ。去年抜けた用語が復活したのは、中央政府が香港市民との交流を始めたいという善意の表れ」と分析している。

 一方、民主派政党・公民党の梁家傑立法会議員は今年の政治活動報告について「中央は一国で二制度を圧倒させようとしている。香港人がそれを認めれば中国共産党は戦わずして勝つことになる」と批判。中国政府の香港民主派への圧力が増していると訴えている。