歴史と経験に学び責務果たせ

緊急事態と憲法 私の提言(中)

政治評論家 髙橋利行

 人類の歴史は感染症との闘いの歴史だ。14世紀にはペストで死者が1億人出て、これがきっかけで中世が終わっている。1918年にはスペイン風邪。死者5000万人で、第1次世界大戦終結を早めた最大の功労者と皮肉を込めて言われている。76年にはエボラ出血熱、2002年には重症急性呼吸器症候群(SARS)、09年には新型インフルエンザ、12年には中東呼吸器症候群(MERS)。そして昨年末から今年にかけて新型コロナウイルスだ。

髙橋 利行

 たかはし・としゆき 昭和18年生まれ。中央大法学部卒。読売新聞政治部、解説部長、論説委員、編集局次長、新聞監査委員長を歴任。退社後、政治評論家。

 今回終息させることができても、ウイルスとの戦いは続く。今は宇宙戦争とかサイバーテロとか、見えざる敵との戦いが主流になっている。感染症も細菌兵器の観点から対応を考えなければならない。

 米国では100万人以上が感染し、6万人を超す死者が出ている。幸い、現在日本は米国ほどではない。だが、もしも感染拡大が収まらずニューヨークのようになったらどうするのか。政府は国民の命を守るため何か手を打たないといけない。拱手傍観することは許されない。

 日本には改正新型インフルエンザ特別措置法という武器しかない。諸外国のように強制措置はとれず、ロックダウン(都市封鎖)も到底できない。「自粛のお願い」しか手がない。憲法を改正して対応しようとしても間に合わない。改憲の手続きが定められているので最低でも3カ月から半年かかる。そうなった場合、政府は非常手段として、憲法違反の疑いが濃厚であることを百も承知で緊急立法し、強制措置を取らざるを得ないだろう。

 しかしこれは本末転倒なのだ。世界の法体系には「上位法・下位法」の原則がある。日本国憲法第10章は最高法規を定めている。憲法はあらゆる法の最高位に存在するため、憲法より下位に位置する法律・政令・条例によって憲法が保障する権利を制約することはできない。憲法違反の疑いがあっても、ある種の法律を作って基本的人権を制約せざるを得なくなった場合、最も大事な憲法が法律によってどんどん侵されていくことになってしまう。

 そこまでのパンデミックが今のところ起こっていないことで一番ほっとしているのは野党だろう。政府・与党は批判を受けるだろうが、改憲議論を封殺してきたのは間違いなく野党で、このツケは大きい。コロナ終息後には、われわれは真っ先に憲法を見直していかないといけない。そうしないと、憲法そのものがないがしろにされてしまう。

 コロナ禍を受けて改憲を議論することに「悪乗り」という批判やそういった批判を恐れる声がある。政府・与党も、都合よく改憲しようと考えるのはよくない。だがコロナで浮き彫りになった問題点に的確に対処する改正案を作り、それを議論して進めるのは当然のことだ。「悪乗り」もいけないが、「何もしない」のは、なおいけない。

 われわれは、こういうことが起こらないことを祈りつつ、もし起こった場合にどういう対応をするのか常に考えなくてはならない。中世を終わらせて近世にかえたのは感染症だ。それだけ大きく歴史的な力を持っている。重要な時代にわれわれは生きている。歴史と経験から謙虚に学ぶのが、われわれに課せられた責務だ。(談)