信頼構築へ「接点」増やせ
国連北朝鮮制裁委員会元専門家パネル委員・古川勝久氏(中)
2回目の米朝首脳会談では、北朝鮮が制裁解除を強く求めた。北朝鮮は会談で制裁緩和の突破口を開きたかったのか。
それは間違いない。シンガポール会談では、北朝鮮は朝鮮戦争の終戦宣言にこだわっていた。米朝の関係改善、信頼醸成のために、交渉に時間のかかる平和協定の締結ではなく、まずは米朝共同による政治的な宣言を目指していた。
しかし、その後、進展がないまま時が過ぎ、もはやトランプ大統領に残された任期は2年を切った。再選の見通しは未透明だ。次の大統領は、法的拘束力のないトランプ氏の終戦宣言を無視するかもしれない。北朝鮮は、トランプ氏に期待しうる「不可逆的な見返り」として、制裁緩和を優先する方針に切り替えたのではないか。
経済制裁の効果は。
「最大限の圧力」が2年間続き、北朝鮮国内で制裁の一定の効果が出ている。国が崩壊するほどではないが、経済成長できないのは厳しいはずだ。金正恩朝鮮労働党委員長は経済の自由化を進めた結果、平壌では富裕層も出現している。だが、今や制裁により経済成長は難しい。
金委員長の戦略的目標は、自身の政権の生き残りだ。そのために人民の生活を良くした首領として自らの地位を確立したいのだろう。制裁解除に強くこだわるのはそのためだ。
北朝鮮は制裁緩和と引き換えに、意味ある譲歩に応じる意思があるということか。
今回の首脳会談で北朝鮮がその意思を示した点は、非常に重要だ。李容浩外相の説明では、寧辺にある核物質生産施設の廃棄、つまりプルトニウムやウランの製造関連施設の廃棄を提案したようだ。
寧辺は北朝鮮の核兵器計画の首都だ。核物質を製造できなければ、北朝鮮は核戦力を増強できなくなる。他にもウラン濃縮施設の存在が疑われるが定かではなく、米政府内でも見解が分かれる。寧辺の無能力化の重要性を過小評価すべきではない。
非核化措置を小出しにする「サラミ戦術」を用いる北朝鮮と段階的措置で合意することに価値はあるのか。
北朝鮮との交渉は難しいが、いかなる交渉でも、当事者間の信頼醸成は必要最低限の条件だ。米朝実務者協議でビーガン米特別代表は、まずは米朝双方による連絡事務所の設置や対北朝鮮人道支援事業の拡大など、制裁緩和以外の施策で合意し、米朝双方の「接点」を増やそうと考えていたのではないか。
仮に北朝鮮が真摯(しんし)に非核化を進めても、「完全な非核化」の検証は技術的にも困難で、常に不確実性が残る。不確実性を狭めるには、米朝が協働作業を通じて、双方が真摯に合意を履行しているか、専門的見地から評価するしかない。非核化プロセスでも信頼構築は不可欠だ。このプロセスを早期に開始すべきである。
北朝鮮がすべての核ミサイルを放棄するとは考えにくい。米国が大陸間弾道ミサイル(ICBM)など米本土を直接攻撃できる能力だけ放棄させることを目標に据えた場合、日本にとって最悪の展開では。
北朝鮮に対米本土攻撃能力を持たせないことは、日本にとって非常に重要だ。もし北朝鮮が日本を中距離弾道ミサイルで威嚇しても、米国本土が北朝鮮の核攻撃を受けるリスクがなければ、米国は日本の防衛のために堂々と介入できる。
北朝鮮に短中距離ミサイルもすべて放棄させるのが望ましいが、ICBMだけでも放棄させられれば、日本の安全保障に大きなメリットがある。中距離ミサイルについては、米国に頼るだけでなく、日本自身も北朝鮮と交渉しなければならない。
(聞き手=編集委員・早川俊行)