大統領選の展望が行方左右
国連北朝鮮制裁委員会元専門家パネル委員・古川勝久氏(上)
ベトナム・ハノイで先月開催された2回目の米朝首脳会談を受け、米朝は今後どう動くか。国連北朝鮮制裁委員会元専門家パネル委員の古川勝久氏に聞いた。(聞き手=編集委員・早川俊行)
2回目の米朝首脳会談の結果をどう見る。

ふるかわ・かつひさ 1966年生まれ。慶応大経済学部卒。米ハーバード大ケネディ行政大学院で修士号、政策研究大学院大で博士号を取得。米シンクタンク勤務などを経て、2011~16年まで国連安保理北朝鮮制裁委員会の専門家パネル委員。
北朝鮮は、少なくとも米朝が具体的な行動で合意するまでの間、完全に非核化する意思がないことが明確になった。一方、米国側は、非核化の定義や交渉アプローチに関して政権内の調整不足を露呈した。
首脳会談の約3週間前から実務協議が始まったが、十分詰められないまま会談に臨んだ。その結果、合意ができなかった。去年のシンガポール会談と同様の展開だ。ただ、トランプ大統領が金正恩朝鮮労働党委員長と個人的な関係を維持していることは、交渉を続ける上ではプラスだ。
米国側の調整不足とは。
ビーガン北朝鮮担当特別代表は首脳会談前、行動対行動、段階的な措置で合意する意思を示唆していた。交渉の対象も核関連施設の廃棄を優先していた。だが、会談後、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、段階的措置を明確に否定し、非核化にはミサイルや生物・化学兵器も含まれると主張した。ビーガン氏もボルトン氏と同じことを言い始めた。
実務協議と首脳会談で話し合われた内容に明らかに乖離(かいり)があったように思われる。米国は首脳会談前に政権内でスタンスを統一しておくべきだった。非核化とは何か。北とどう交渉するか。交渉の枠組みを明確に定義しないと、北と交渉を進めるのは難しいだろう。
北朝鮮は今後どう出るか。
トランプ氏の1期目の任期は2年を切っている。北朝鮮としてはこの間にトランプ氏とどれくらい意味のある合意を結べるか、という計算をしていると思う。もしトランプ氏の任期が1期で終わる公算が高まれば、次の大統領はトランプ氏と北朝鮮の合意を反故にするかもしれない。
北朝鮮が大きな譲歩をしてまで、不可逆的な非核化措置に合意する可能性は低くなる。
現時点で北朝鮮が優先的に狙うのは、国連安保理の制裁決議の変更だろう。これは一回変えてしまえば、再び制裁を強化するには、中露の賛成が必要なため、元に戻すのは難しくなる。北朝鮮は制裁緩和に向けた流れをつくるために、中露との協力体制の確保に動いている。
米国に対してはどのような行動を取るか。
北朝鮮は米国を行動対行動の交渉に引きずり込むために、揺さぶりをかけてくるだろう。すでに北朝鮮はロケット発射場を迅速に復旧させた。ロケットは事実上の長距離弾道ミサイルである。
トランプ氏は、北朝鮮による核・ミサイル実験の中止を成果として強調してきた。ロケット発射試験再開の能力を誇示して、「今、交渉しないと大統領選で失態を招くぞ」と威嚇し始めている。
北朝鮮は今後、発射試験の準備を進めたり、またはロケットエンジンの試験をするかもしれない。人工衛星を搭載したロケットを発射すれば、米国をかなり刺激するだろう。北朝鮮は米国を揺さぶるための「陽動作戦」のメニューを用意している。
北朝鮮が挑発行為に出れば、再び緊張が高まることは避けられない。
私が一番警戒するのは、今年後半か来年初めに北朝鮮がロケットを打ち上げ、東京五輪前に緊張が高まることだ。これは日本が最も困るシナリオだ。
北朝鮮はそれをよく分かっている。これまで強い安保理決議を求めてきた日本が一番圧力をかけにくいタイミングを狙ってくる可能性がある。
韓国は文在寅政権が続く限り、圧力には賛成しない。中露も北朝鮮を支持する。悪いのは米国だという国際的な流れをつくるのが、北朝鮮の当面の力点ではないか。