人権問題「棚上げ」に批判も

米朝決裂 (3)

 トランプ米大統領は、金正恩朝鮮労働党委員長との2度の米朝首脳会談を通し、トップ同士が個人的な親密な関係を築くことで、北朝鮮の非核化を導こうとした。その中で、トランプ氏がかつては声高に非難していた北朝鮮の人権問題は、棚上げされた状態となった。

オットー・ワームビア氏

米学生=2016年2月、平壌(AFP時事)

 しかし、北朝鮮の非核化を要求するだけでなく、人権問題の改善を迫るべきだとの声は高まっている。

 ワシントンに拠点を置く非営利組織「共産主義犠牲者追悼財団」のマリオン・スミス事務局長は1日、ナショナル・レビュー誌で、北朝鮮の四つある大規模な政治収容所に収監されている受刑者の数が最大12万人いて、そこでは拷問や公開処刑、強制堕胎が行われていると指摘。「自国民を抑圧する国は、他国を攻撃することに呵責(かしゃく)を感じることはほとんどない。これが、非核化交渉の中に人権問題を組み込まなくてはならない理由だ」と強調し、北朝鮮の核の脅威と人権問題は切り離せないとした。

 トランプ氏は、昨年の一般教書演説では、北朝鮮に拘束され帰国後に死亡した米学生オットー・ワームビア氏の家族を招待し、「北朝鮮の独裁政権ほど自国民を徹底的に容赦なく抑圧してきた体制はない」と厳しく非難。ところが、いったん対話に舵(かじ)を切ってからは、対応を一変。今年の一般教書演説では、北朝鮮の人権問題について言及がなかった。

 ベトナム・ハノイでの米朝首脳会談後の記者会見で、ワームビア氏の扱いについて、「知らなかった」という金正恩氏を擁護する発言をし、批判を浴びた。これには、トランプ氏を支えるニュート・ギングリッチ元下院議長も先月28日、FOXニュースで「非常に失望した。独裁者が嘘(うそ)をついたとき、愛想よくしても何の意味もない」とたしなめた。

 米戦略国際問題研究所(CSIS)のビクター・チャ朝鮮部長は先月22日、ブルームバーグ通信への寄稿で、「トランプ氏がはっきりと理解していないように思えるのは、人権を交渉戦略に含めることが不可欠ということ」だと指摘する。例えば、外国企業が、北朝鮮に投資する場合、サプライチェーン上に強制労働や人権侵害があれば、安保理決議や米国の法律に背くことになるためトランプ氏が、非核化の「見返り」として考える経済協力も実現しない。一方、北朝鮮は国際社会から人権問題を非難されることに敏感で、むしろ取り上げることで「交渉力を高めることになる」と指摘している。

 ワームビア氏について金正恩氏を擁護した発言が批判を浴びる中、トランプ氏は2日、「保守政治行動会議(CPAC)」の年次総会で演説し、「一方で交渉しなければならず、もう一方でワームビア氏とその両親を愛している。それは、非常に微妙なバランスだ」と釈明。交渉を進めるため批判を抑えていることに理解を求めた。

 だが、今後もこうした配慮が続くとは限らない。今回の直接会談で、非核化について両国の立場には根本的な開きがあることが浮き彫りになった。非核化が進展しなければ、トランプ氏が再び「人権カード」を持ち出す可能性もある。

(ワシントン・山崎洋介)