どうなる米朝首脳会談、「リビア方式」めぐり攻防 島田洋一氏
福井県立大学教授 島田洋一氏(上)
6月12日にシンガポールで行われる米朝首脳会談の行方に全世界の注目が集まっている。福井県立大学教授で拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長の島田洋一氏に展望を聞いた。(聞き手=編集委員・早川俊行)
米朝首脳会談をどう展望する。

しまだ・よういち 1957年生まれ。京都大学法学部卒。同大学大学院法学研究科博士課程修了。福井県立大学助教授を経て、2003年から同教授。拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長。国家基本問題研究所評議員。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など。
トランプ米大統領の刹那(せつな)的な発言だけを追っていると、どのような展開になるか読めない。だが、4月9日に大統領補佐官(国家安全保障担当)に就任したジョン・ボルトン氏は、明確な戦略の持ち主だ。
ボルトン氏は「リビア方式」を目指すと言っている。つまり、2003年に非核化に合意したリビアのように、北朝鮮がまず核・ミサイルを全面廃棄したら、米国は経済制裁解除などの見返りを与える、ということだ。ボルトン氏は、北朝鮮がリビア方式にイエスと言えば、話を進めるが、ノーと言えば、そこで終わり、そういう首脳会談にしようとしている。
これに対し、北朝鮮は段階的、相互的なステップが重要だと主張している。まだその調整がついていないため、北朝鮮は首脳会談のキャンセルもあり得ると言いだしている。だが、これは逆に、米国側がポジションを下げていないことを意味し、評価できる。
リビア方式は実現可能なゴールなのか。
金正恩朝鮮労働党委員長が核放棄を決断する可能性はかなり低い。リビアの核開発は初期段階だったが、北朝鮮は30年以上、相当な資金を注(つ)ぎ込み、米国に届く核ミサイルを実戦配備する直前まで来ている。これをすべて放棄するのは、大変な決断だ。
だが、米国は押せるだけ押すだろう。トランプ政権は5月8日にイラン核合意から離脱し、制裁を復活させると発表した。圧力の度合いを引き上げた対イランとの整合性を取る意味でも、北朝鮮にイランよりも甘い態度を取ることはあり得ないと思う。
リビア方式を受け入れさせるには、棍棒(こんぼう)、つまり軍事的圧力が欠かせないのでは。
先制攻撃を主張してきたボルトン氏を補佐官に起用した人事は、北朝鮮にとって米国は本当に軍事攻撃に踏み切るかもしれないとのプレッシャーになっているはずだ。また、シリアの化学兵器使用に対し、限定的ではあるが、米国は軍事攻撃をした。トランプ氏は軍事攻撃をためらわない姿勢を見せた。さらにB1B戦略爆撃機などを頻繁に北朝鮮周辺に飛ばして圧力をかけている。
経済制裁も軍事的圧力があってこそ効果が出る。中国が北朝鮮への経済的締め付けを強めたといわれているが、それは中国が心を入れ替えたわけではない。米国が本当に軍事攻撃したら、中国の対北朝鮮投資がすべて無駄になる。中国は損得勘定で経済取引を絞っているのが実情だ。
トランプ氏は実績づくりのために米朝会談に前のめりになってはいないか。
トランプ氏がいいかげんな妥協をして大成功のディール(取引)だと大袈裟(おおげさ)に売り込むリスクは常にある。ただ、その歯止めになるのが、ボルトン氏の存在だ。私は今月上旬、ワシントンでボルトン氏の首席補佐官だったフレッド・フライツ氏に面会したが、彼はトランプ氏がオバマ前政権のような宥和(ゆうわ)政策に動いたら、ボルトン氏は即刻辞任するだろうと言っていた。
保守層の間で非常に評価の高いボルトン氏に辞任されたら、トランプ氏にとって中間選挙対策上、大きな打撃だ。従って、ボルトン氏の辞任につながるような行動は、トランプ氏も取りにくいと思う。
「決裂」に終わる可能性も
ポンペオ国務長官の評価はどうか。
ポンペオ氏は下院議員時代、対イランでは最強硬派として有名だった。イランに対する彼の態度が北朝鮮にも適用されるとすれば、ボルトン氏と主張はほとんど変わらない。ただ、米国の保守派はまだ、ポンペオ氏にボルトン氏ほどの全面的な信頼は置いていないようだ。
それでも、北朝鮮に見返りを与えるのは、あくまで北朝鮮が核・ミサイルを全面放棄した場合、という前提では、ポンペオ氏とボルトン氏は一致していると思う。
リビア方式を主張する米国と、段階的・相互的措置を求める北朝鮮の間には大きな溝がある。その中で、首脳会談は成功するのだろうか。
日本では、首脳会談は開く以上、絶対に成功させないといけない、だから米国が譲歩するのではないか、という間違った解説をしている専門家が多い。だが、米国の保守派が理想的な首脳会談として挙げるのが、決裂に終わった1986年のレーガンとゴルバチョフによるレイキャビク会談だ。
レーガンは、ゴルバチョフが求める戦略防衛構想(SDI)の放棄を頑なに拒んだ結果、中距離核戦力全廃条約がまとまらず、批判された。だが、その後、ソ連の経済状況はますます悪化し、翌年、ゴルバチョフはSDI放棄の要求を下ろし、米国にとってはるかに有利な条約ができた。保守派は、会談を決裂させる勇気を持っていたレーガンのやり方を学ぶべきだと主張している。
従って、トランプとしては会談が決裂しても、レーガン流を踏襲したと主張できる。トランプは気楽な立場で会談に臨めるのではないか。
首脳会談が決裂に終わる可能性もあるということか。
あるだろう。それ以前に、北朝鮮は会談が核放棄の覚悟を迫られる場にならざるを得ないと判断したら、ドタキャンする可能性も十分ある。北朝鮮は、まだ首脳会談の準備が整っていない、もう少し実務レベル協議が必要だ、などと主張するだろう。
北朝鮮が米朝首脳会談を求めた狙いは。
北朝鮮の本音は、首脳会談ではなく、米国務省と実務協議をやりたかった。交渉継続を優先する国務省を引っ張り出せば、一歩ごとに譲歩を勝ち取れると思っていたはずだ。ところが、トランプ氏がいきなり首脳会談をやると言ってきたので、北朝鮮も驚いたに違いない。
ボルトン氏は補佐官に就任する直前、ラジオ・フリー・アジアとのインタビューで、トランプ氏がいきなり首脳会談を受け入れたことは、国務省の事前協議を飛ばすことができるので正解だと述べている。
北朝鮮の金桂冠第1外務次官がボルトン氏を批判する談話を出したが、これは米政府がボルトン氏主導で交渉してきたら困るため、牽制(けんせい)したわけだ。米国は今、強硬派のペースで動いているようだ。
会談が決裂した場合、その後の展開は。
北朝鮮が核放棄に応じなかったら、トランプ政権は「最大限の圧力」を継続し、徹底的に経済を締め上げていくだろう。経済制裁の抜け穴を防いでいき、中国にも協力させる。軍事的な脅しも続けていく。金正恩体制が内部クーデターなどで倒されたら、米国にとってベストのシナリオだ。
軍事攻撃は最後のカードだろう。ただ、北朝鮮がニューヨーク沖に着弾するようなミサイル発射実験などをやったら、米国はすぐさま軍事攻撃に踏み切るのではないか。





