村上氏と滝口監督の「二つの世界」が幸福に結合


構成が光る「ドライブ・マイ・カー」、物語に一層の深み

村上氏と滝口監督の「二つの世界」が幸福に結合

濱口竜介監督の映画「ドライブ・マイ・カー」より(©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会)

 米アカデミー賞で国際長編映画賞に輝いた「ドライブ・マイ・カー」。村上春樹さんの同名短編小説の精神をベースに、濱口竜介監督らが独自の視点で再構築。「二つの世界」が結び付き、一層深みのある物語に仕上がった。

 濱口監督によると、プロデューサーから村上作品を撮ることを提案され、最終的に自らが選んだ「ドライブ・マイ・カー」に決まった。

 原作を読み、「人物描写や移動空間での親密な会話」に引かれたが、映画化には追加の要素が必要とも感じたという。

 そこで、同作を収録した短編集「女のいない男たち」の「木野」「シェエラザード」という2編の要素を取り入れ、舞台俳優で演出家の主人公・家福ら人物の背景を掘り下げた。

 さらに、今作で効果的な役割を担うのがチェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん」。失意の中でも生きていかざるを得ない人の姿が描かれたこの劇は原作にも出てくるが、濱口監督は演劇に造詣の深い大江崇允さんの助言を得ながら、「作中の俳優がこの劇を作る工程を組み込む」という原作にない大胆な仕掛けを施した。その結果、家福が妻の死に向き合い、再生していく過程が重層的に立ち上がった。

 早稲田大国際文学館(村上春樹ライブラリー)の顧問を務める、日本文学研究者のロバート・キャンベルさんは「望まざる離別を経た人たちを描いた(短編集の)同質の物語から要素を得ることで、映画として飛躍を遂げた。家福が自分の傷を受け止めて舞台に立つ姿はワーニャと重なる。一つまた一つとタマネギの皮をむくようにレイヤー(階層)が現れ、味わいが深まる」と驚きを込めて語る。

 村上さんの作品を撮ったことは濱口監督にとっても大きな刺激だったようで、昨夏の取材では「違うエンジンを積んだ車に乗せてもらった感覚」と手応えを語っていた。

 映画研究者で青山学院大教授の三浦哲哉さんは「村上作品では、何かが終わった後、残された人々の傷ついた魂が癒やされていく物語を繰り返し書かれてきたと思う。そこに映画的な実質を濱口監督が与えた。今作の評価は、村上さんと濱口監督の『二つの世界』が幸福に結合した結果ではないか」と分析している。