「みんな忘れない」、思い込め風船200個


被災各地で地震発生時に黙とうささげ、犠牲者をしのぶ

「みんな忘れない」、思い込め風船200個

宮城県名取市の閖上中学校旧校舎前でメッセージを書いたハト形の風船を空に放つ住民ら=11日午後

 東日本大震災から3年となった11日、東北の各地では遺族らが地震の発生時刻に黙とうをささげ、思い思いに犠牲者の冥福を祈った。

 津波で甚大な被害を受けた宮城県名取市閖上では、多くの人が難を逃れた旧閖上中学校に生徒の遺族や友人らが集まり、午後2時46分のサイレンとともに黙とう。その後、「家族に届け」「3年たってもずっと大好き」などのメッセージを書いたハトの形の風船200個を一斉に空へ放った。

 同中学の2年だった息子の駿君=当時(14)=を亡くした大川ゆかりさん(46)は「3年たった今でも信じられない。息子のことが心配で、ただ会いたい」と涙ぐんだ。校舎に避難し間一髪助かったという渡辺貴恵子さん(63)は「学校のおかげで助かった。きょうは感謝も込めて来た」。亡くなった友人に「みんなのこと忘れない」とメッセージを書き、舞い上がった風船に手を振った。

 津波で1700人以上が犠牲となった岩手県陸前高田市。震災後にレプリカのモニュメントとして復活した「奇跡の一本松」の前に住民ら約100人が集まり、同2時46分に防災無線のサイレンが鳴ると、目を閉じ静かに手を合わせた。

 震災当日、同県一関市から救助に駆け付けたという消防署員の千葉信太朗さん(24)は「助けることができなかった多くの命を思い出すとつらいが、人の命を守りたくてこの仕事に就いたことを改めて確認した」と話した。

 20代まで陸前高田市で暮らしていたという埼玉県坂戸市の高橋美恵子さん(65)は、高台の実家は被災を免れたが、同級生や親戚10人以上が犠牲に。「学生時代に友人と歩いた松林の海岸が懐かしい。昔の風景とあまりにも変わり過ぎて」と言葉を詰まらせた。