多田修平が勢いそのままに、最速の称号をつかむ


修正重ね長い不振から脱却、引き立て役から堂々の主役に

多田修平が勢いそのままに、最速の称号をつかむ

男子100㍍決勝を終え、笑顔を見せる多田修平(右)と山県亮太=25日、大阪・ヤンマースタジアム長居(時事)

多田修平が勢いそのままに、最速の称号をつかむ

男子100㍍決勝、1位でゴールしガッツポーズする多田修平(左端)=25日、大阪・ヤンマースタジアム長居(時事)

 東京五輪代表3枠を懸けた一発勝負の男子100メートル決勝。これまで脇役に甘んじてきた多田が、今季の勢いそのままに初めて日本最速の称号をつかんだ。

 視線を下げたままぐんぐんと加速し、前半で大きくリードを奪った。中盤も後続との差は詰まらない。得意のパターンで逃げ切ると、右手を振り上げてほえた。数日前から夜は寝付けないほどの緊張を乗り越え、10秒15での栄冠。「レースはあまり覚えていない。ここに来るまですごく長かった。たくさんの支えがあったからこそ、ここまで来られた」。感極まり、涙がこみ上げた。

 低く鋭いスタートを武器に、関学大3年時の2017年にブレーク。同年9月、桐生が日本人初の9秒台を出した日本学生対校選手権で、10秒07をマークした。今月6日の布勢スプリントでも山県が9秒95の日本新を樹立した陰で、10秒01と4年ぶりに自己記録を更新。「引き立て役みたいになっちゃっていて悔しい。いつかは自分が前に立ちたい」。両レースの鬱憤(うっぷん)を晴らし、今度は堂々と主役に躍り出た。

 18年以降はスランプに陥り、「試合があるたびに行きたくないと思った」と漏らした。大会に出続けて修正を重ね、今季は前半の鋭い加速力を取り戻し、課題だった後半の失速も改善。長い不振から脱却した。

 前回五輪イヤーの16年は「雲の上の存在」と感じた代表切符。25歳となったばかりのホープが、地元大阪で一日遅れのビッグな誕生日プレゼントを手にした。「この走りでは世界のトップ選手には勝てない。もっと地力をアップさせて、五輪のファイナリストになりたい」。初の大舞台で日本勢89年ぶりとなる快挙に挑む。