ひきこもりの若者が貧困児童支援

農作業ボランティア

さぬきポレポレ農園代表 松田 勝氏に聞く

 農作業を通じてひきこもりの人たちの社会復帰を支援している香川県のさぬきポレポレ農園で、作った米や野菜を貧困児童に届ける活動を始めた。働く場を探しているひきこもりの人たちと、飢えに苦しんでいる子供たちを支援する活動とを結び付けようとしている上級カウンセラーの松田勝代表に、その構想と目的を聞いた。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

カネ万能主義では社会壊れる/損得超えて尽くした恩師

都会に集中する貧困児童/一日に学校給食1食だけも

400 ――貧困児童を支援する活動を始めたのは?

 私が小学校長を退職後、2005年にポレポレ農園を開いたのは、母親と小学校時代の女性恩師の影響からです。母は戦後の貧しい時代、生活が苦しい人たちに毎日のように食事を届けていました。教師になってから、いろいろな人に、あなたのお母さんにお世話になったと言われ、父も知らなかったようです。母の葬式に家族が知らない人がたくさん参列して、母がどれほど感謝されていたか分かりました。

 私の小学校3年生から6年生までの恩師は、食事が満足に食べられない生徒3人のために、毎朝、パンや学用品を届けていました。彼らは弁当を持ってこられないので、昼休みには家に帰り、水を飲んでいたのです。ほとんどの人は知りませんでしたが、その先生から、人のためには損得を超えて尽くさないといけないと教えられました。

 社会復帰を目指す若者たちの自立を支援する活動を始めると、子供の貧困が広がっているという情報が耳に入ってきました。東京でカウンセラーをしている友達の小学校教員が、朝食が食べられない生徒たちに前日の給食の残りの牛乳とクッキーなど出しているのだが、毎朝、保健室の前に20~30人並ぶというのです。去年の暮れに会うと、全校生徒500人のうち100人もがそんな状況になったと話していました。5人に1人の割合です。

 ――2009年の政府の調査では日本の子供の6人に1人が貧困状態にあるという結果が出ています。

 貧困児童は地方より都会に集中しています。ヨーロッパでは余った食料や食事を貧しい高齢者や子供にボランティア団体が配っているので、農園に来ていたお寺の息子には、ここを卒業したら困っている人たちを助ける活動をしてほしいと話していました。

 そのうち私が70歳になったので腹を決め、自分で始めることにしたのです。NHKの番組で、一日に学校給食の一食だけという子供が多いことにショックを受けた影響もあります。休日に自宅で食事をしている場面が放映されたのですが、母親と中学生、小学生の3人が一個のカップラーメンを分け合っていました。

 ――どんな活動になりますか?

 ポレポレ農園とは別に農地を借りて米作りを始めます。作業は協力してくださる農家や退職者の人たちに農園の若者も手伝い、最初は専門家の指導を受けながら、次第に自分たちだけで作れるようにしていきます。

 田植え機からコンバインや乾燥機、もみすり機など揃えていく必要がありますが、当面は貸与してくださる農家があります。コンバインを提供する人や近くに移住して手伝いたいという人も現れてきました。そのうち、自前の倉庫や事務所を建てることになります。米作は県外にも広めていく計画です。全国の貧困児童に米を送るには、たくさんの量が必要になりますから。活動を支えるため、一口月500円の支援者を募っています。

 ――米を支援する家庭の選び方は?

 各市町村の社会福祉協議会(社協)にパンフレットを送り、民生委員に18歳までの子供がいる家庭に配ってもらって希望者を募り、順次お米を送ります。社協は地域の状況を把握していますから。同時にメディアを通して活動を周知します。米の送り先は1年目は四国が主ですが、一部、関東にも出します。玄米30㌔入りの袋を3カ月で消費する見込みで、野菜も一緒に定期的に届けます。

 ――ポレポレ農園の活動と結び付けたのは?

 人間関係のつまずきやプライドの高さからひきこもりになっている人たちに、貧困児童を助けるための仕事をしたいという思いで参加してもらうためです。彼らは外に出て働ける場を求めているので、そうした場所づくりにもしたいと思いました。

 この10年間で141人が社会復帰できましたが、彼らにとって必要なのは安心して出ていける場です。現実の厳しい社会に入っていくのは少し難しい。ひきこもりの経験者が集まり、人のためにという福祉の精神で働ける場所をつくると、入って来られる人が増えると思います。

 現代社会の大きな問題はストレスが多いことで、うつの増加などで現れています。人と人との支え合いによってつくられる社会にとって一番大事なのは、安心感や信頼感、そして公平さや頑張れば認められる公正さや正義です。それらがないと社会は健全になりません。お金や権力のある者が勝手に振る舞っても許されるような社会は、次第に壊れていきます。その意味では、今の社会は少し不安定になっています。そこに出て行く子供たちはすごく緊張するし、人間関係などで一度つまずくと、ひきこもってしまう危険性があります。

 ひきこもりが長引くほど社会性が退化していくので、社会に出るハードルが高くなり、リハビリが必要になります。安心できる職場環境で、人間関係を練習し直し、それぞれの能力や個性を生かせる仕事を発見し、技術を伸ばせればいい。

 ――ポレポレ農園はどんな段階ですか。

 家からは出られるが社会に出るのはまだきついので、集団生活に馴染みながら、自分で考えて決め、それを言葉や行動に出せるという自己表現ができるよう、農作業をしながら経験を積んでいく段階です。

 まだ動けない人たちには、家族へのカウンセリングやグループカウンセリングで支え方を相談しています。動けるようになると、本人に会いに行って直接、寄り添いながら相談をしていきます。そうやって段階を踏んでいく必要があります。人によってケースが違うので、一概にこうすればいいというのはありません。

 ――家族にとって大切なことは?

 子供を信じ切って、腹を据えることです。私は、子供たちがどうであろうと信じ切ることができます。信じ切ると、焦らないで待つことができます。ひきこもりだった子供は、母親が何も言わないでおおらかに接してくれるようになった時が一番うれしかった、と言います。親が腹を据えて子供が安心できる環境をつくると、子供は少しずつ回復していきます。

 ――ひきこもりの年齢が高くなると親も高齢化するので先行き不安です。

 安心させるだけでなく、時々動くための刺激や情報も必要です。子供は情報を見て、自分が動けるかどうか考えていますから。私は時々訪問して、その様子を見ています。動きだすと会話が増えたりしますので、そんな機会を見ながら対応するようにします。

 松田勝さんは香川県の中学校教諭(体育と数学)から教頭、県教育委員会、幼稚園長、小学校校長などを務めた。定年退職後の2005年、河合隼雄氏や國分康孝氏の指導を受けたカウンセリングを生かす場として、ひきこもりや不登校児を支援するさぬきポレポレ農園を、農家の協力を得て保護者らと立ち上げた。集団での野菜作りや販売などを通して人間関係を学び直し、学校や社会への復帰につなげるためだ。「ポレポレ」はスワヒリ語で「ゆっくり」という意味。自立が目的なので、ゆっくり自分たちのペースで仕事をしている。上級カウンセラーで日本教育カウンセラー協会(國分康孝会長)香川県支部顧問。