芸能人覚醒剤事件の波紋 日本薬物対策協会世話役 馬崎奈央氏に聞く

継続的な予防教育が必要

 人気男性デュオ「CHAGE and ASKA」のASKA容疑者=本名・宮崎重明=らの覚せい剤取締法違反(所持)事件が連日メディアに取り上げられている。知名度のある芸能人による薬物乱用は若者への影響が懸念される中、興味本位の報道も見受けられる。学校での講演会などを通して、乱用防止活動を行っている日本薬物対策協会世話役の馬崎奈央さんに、事件報道に接する家庭での注意点などについて聞いた。

(聞き手=森田清策)

家庭で話し合う契機に/他人事でも特別な事件でもない

乱用で顕著な老化の進行/皺だらけの顔、骨や歯ボロボロに

400 ――ASKA容疑者の事件が新聞、テレビ、週刊誌などで連日報道されていますが、どうみていますか。

 覚醒剤事件が起きても、社会的責任のある人が容疑者でもないと、メディアに名前が出ないことが多い中、氷山の一角とはいえ、報道される意義はあります。依存性の強さなど、覚醒剤の危険性についての認識が社会で深まることが期待できるからです。

 一方で、懸念される点もあります。今回の件の中では、芸能人で、しかも女性と一緒に乱用したということから、スキャンダラスな形で報道されていますが、「芸能界だから」あるいは「暴力団とつながりがあるから」と、薬物問題が身近な問題として受け止められなくなることです。

 ――芸能界特有の事件だ、と。

 そうです。報道をみると、日を追うごとに、スキャンダラスな取り上げられ方をしています。一緒に逮捕された女性の実家の近所まで取材するなど、直接関係ない部分に関心が持たれるようになっています。

 もう一つ心配なのは、若者の興味を刺激することです。以前、私たちが高校で乱用予防講演を行った直後、生徒から「覚醒剤は、本当に気持ちいいのですか」という質問が出たことがあり、私自身憤慨したことがあります。今回、“セックス・ドラッグ”として使われたと報道で強調されると、逆に興味を持つ人も出てくる懸念があります。

 ――今月初めには、福岡県の小学校校長が覚醒剤所持で逮捕されました。覚醒剤乱用は増えていますか。

 ここ数年は、年間1万2000人前後の検挙者でほぼ横ばいです。ただ、日本では、覚醒剤の末端価格が他の国より5倍ほど高いと言われており、海外から“市場”として狙われています。覚醒剤は、薬物依存の原因としての第1位が続いています。依存性が強く、一度手を出したら止められなくなるから減らないのです。

 ――覚醒剤をはじめとした薬物の危険性についての啓蒙が重要ですね。

 ASKA容疑者のケースでも分かるように、薬物を乱用すると、家族を巻き込んで、社会的地位も失います。メディアには、スキャンダラスな面以上に、その悪影響についてもっと報道してほしいですね。

 ――覚醒剤乱用の身体への影響は。

 たくさんの悪影響がありますが、顕著なのは老化が進むことです。栄養分を奪ってしまうのです。予防講演で、覚醒剤乱用者の乱用前と後の写真を見せますが、顔の変化が一目瞭然です。顔が皺だらけになり、髪の毛が抜け、骨や歯がボロボロになります。脳や内臓への損傷も深刻です。

 ――昨年から今年にかけて、小学校から高校の教員(関東中心)を対象にした脱法ドラッグに対する意識調査を行ったそうですが、どんなことが分かりましたか。

 予想していたことですが、脱法ドラッグの有害性について「説明できない」と回答した教員が3割もいました。「簡単になら説明できる」という教員は6割強でした。

 ――脱法ドラッグの危険性は。

 中に何が含まれているか分からないので、どういう影響が出るかも不明です。自分の体を使って人体実験するようなものですから、講演では、大麻や覚醒剤よりも危険であると強調しています。「毒」そのものと考えたほうがいいでしょう。

 「そんなに危険なら、法律でしっかりと取り締まるだろう」と誤解している人が多いのですが、化学構造が無限にあるので、取り締まりが難しい。

 また、“ドラッグ仲間”が増え、脱法ドラッグだけでなく、「これも試してみるといいよ」というように、その他の薬物に誘われ、そこで「ノー」と言えなくなります。脱法であろうと、違法であろうと、薬物には違いないので、乱用することは自分の「心の規律」を超えてしまうことには同じですから、歯止めが利かなくなるのです。

 ――薬物乱用では、購入資金を得るために、他の犯罪に走るという恐ろしさもありますね。

 その通りです。脱法ドラッグがいかに安いとはいえ、数千円単位。覚醒剤になると、1㌘で大体5万円が必要になります。女性は売春したり、男性は薬物の売人になったりすることもあります。

 元麻薬取締官の話では、乱用者の家には、だいたい家具がないそうです。売り飛ばすからです。最初は誰もが「クスリぐらいコントロールできる」と言いますが。

 ――芸能人の事件報道が逆に若者の興味を刺激してしまうこともあるとのことですが、それを防ぐため、家庭や学校で気をつけることは。

 事件を上手く利用することもできます。普段、親子で改まって真面目な話をするのはなかなかできないという家庭が多いかと思いますが、有名人の事件をきっかけに、「薬物は危険だよね」と話題を持っていき、子供さんが薬物についてどのように考えているのかコミュニケーションをとる機会になると思います。

 海外では、処方薬を含めると、薬物を乱用したことがないという人を探すほうが難しい状況が生まれています。大麻を合法化した国や地域もあります。日本はそれを追いかけるような状況には絶対になってはいけません。

 薬物乱用防止の第一歩は、他人事あるいは特別な事件と思わないことです。毎日食卓で話題にすることはないにしても、状況を見て、子供に「薬物はダメ」「誘われても絶対に手を出してはダメ」というメッセージを伝えることを、親のポリシーとすることが大切です。

 学校の教員には、薬物の危険性など最低限のことはぜひ知っていただきたい。前述の調査結果では「簡単になら有害性について説明できる」との回答が6割でしたが、脱法ドラッグについては生徒のほうが詳しい場合があります。生徒に「合法だから大丈夫」と言われて、何も反論できない教員も少なくありません。そうなると、「やっぱり大丈夫だ」と、生徒は勘違いしてしまいます。

 今回のような事件が起きると、ある種の流行のように、行政や学校は乱用防止に力を入れますが、予防教育は続けることが重要です。薬物を売ろうとする人物はいつも存在するので、予防教育する側が手を抜くと、すぐに薬物蔓延につながるのです。薬物のない生き生きとした人生を一人一人が送れるように、薬物乱用防止には常に取り組んでいく必要があると思っています。

 まざき・なお 薬物防止は「売人とのオセロゲームのようなもの」という。売人が黒にした石をすぐに白にしないと、あっという間に黒だらけになってしまう。脱法ドラッグがメディアで話題となり、防止教育に関心が集まったが、最近は下火に。そこに起きたのがASKA容疑者の事件。一過性の関心にしたくないとの思いが伝わってきた。千葉県出身。東京藝術大学音楽学部卒業後、海外留学で若者の薬物乱用の深刻さを目の当たりにした。現在、日本薬物対策協会を運営しながら乱用防止活動に取り組む。6月28日には、国連の「薬物乱用防止デー」にちなみ、東京・南大塚ホールで乱用防止劇やパネルディスカッションなどのイベントを行う。