日本文化を育んできた森 NGO緑の協力隊関西澤井隊代表 澤井敏郎氏に聞く

林業再生の道

 木はわが国の伝統文化や生活に欠かせないものだ。最近、その良さが見直されてはいるが、林業は地味であまり語られることがない。効率ばかりを追い求める風潮は、山の荒廃をもたらしてきた。もっと光が当てられるべき分野である。そこで、木の文化や林業問題に詳しい「NGO緑の協力隊・関西澤井隊」(略称N・GKS)代表の澤井敏郎氏に聞いた。同氏は、大学で林業を学び、木材関係の会社で要職を務め、定年後はボランティアで中国の沙漠やブラジルでの植樹活動を行うなど、木をライフワークに取り組んでいる。
(聞き手=池田年男)

山の荒廃が広範囲に悪影響/資源確保に政治努力不可欠

高い木材の断熱効果/アルミ材の1700倍

400 ――澤井さんは、長年の研究や経験に基づく専門的見地から要路に提言するなど、林業の現状に警鐘を鳴らしていますが。

 治山治水をもじって国内各地で地産地消が叫ばれていることは、1年で収穫できる農産物では良いことですが、何年もかかる林業資源の木材に対しては、農業以上に政治の努力が求められます。毎年生産されるコメと、数年で収穫できる果実類、そして30年以上はかかる木材資源に対する諸政策が異なるのは言うまでもないことです。

 林政では遅ればせながらも法律を見直し、木材の輸入制限、あるいは関税の大幅増を計り、国産木材の輸出促進と内需を図るべきです。TPP(環太平洋連携協定)は絶好のチャンスだと思います。今一度、森は日本文化を発展させてきたエネルギーであり、いわば現代の石油だったことを銘記したいものです。

 ――戦後の林政には問題が多いのですか。

 会社員時代、私は初期のプレハブ建築生産工場にも携わっていたので、農林省(当時)のJAS規格と通産省(同)のJIS規格、建築基準法、消防法など法律や所轄官庁のはざまで、次々と木質材料が排除されていくのを知り、当時から将来の山の荒廃を予見していました。

 昭和40年代の前半には、木材輸入率の高すぎることに危機感を持っていました。四十数年後の今日まで、輸入関税の低さと円高メリットで木材需要の70%以上を、アメリカ、カナダ、ロシア、東南アジアなどから輸入している。国内産材は温存できましたが、反面、林業を崩壊させ、山の荒廃を招いてしまった。

 こういう事態を早く予見し、改善の方向へ持っていくのが政治家であり役人のはずです。

 ところが、肝心の国交省はじめ関係省庁や地方自治体にも、建築士や土木工学士、果樹園芸の専門官はたくさんいても、林学、造林、木構造を学んだ人は少数派です。これでは将来に期待が持てません。

 ――国民の間でも木に対する認識は乏しいように思えます。

 元来、日本は森林国家であり、日本人は木の本質や心が理解できる民族ですが、高度成長期に入る前後から、軽薄な表面的事象にとらわれ、木に対する的外れな解釈や誤解がまかり通るようになりました。新築した住宅では、自然な吸排機能を持っている木や障子が使われなくなった。

 今の人は隙間は悪だと思い込み、出入りしない夜は密室で自分の呼気、すなわち排気ガスを吸って就寝しています。昔はタドンや練炭を燃やして生活していました。適度に室内の空気が循環していた証拠です。この問題は、現代人に多いアトピーやアレルギー症、花粉症とも無関係と言い切れないでしょう。

 ――学生時代は木を専攻し、長年、木を扱う会社で働き、定年後も植樹のボランティアに取り組むなど、まさに木と共に歩んできました。木の魅力や特徴について聞かせてください。

 まず、木は火に弱いとされていますが、表面が燃えて灰になれば熱伝導しにくい。火事は800ないし1000度になり、鉄は600度で軟化し、構造上の耐力を失って建物ならつぶれてしまう。ですから、米国では州によって違いますが、学校やスーパーマーケット、教会などの建物は、エンジニアリングウッドや大断面集成材でできているため、火災や地震に強く、退避できる時間が長くなるので死者が少ない。火災保険料は鉄骨製よりも安いのです。

 次に、木は腐りはしますが、極めて酸化しにくい。鉄は酸化します。長屋王の遺跡から出土した剣はボロボロですが、薄い木片の木簡は墨黒々と書かれた形を残しています。法隆寺や薬師寺の東塔は1300年、風雨にさらされてそびえています。千年昔の人は、木の性質をよく知って、正しい使い方、使い分けをしていたのです。

 さらに、木材の断熱効果はアルミ材の1700倍あります。木材は熱伝導率が低く、住宅建材として最良です。全国の住宅アルミサッシの使用を禁止して木製に代えれば、大幅に電力が節減でき、それこそ日本の原発は不要になるとさえ言われるほどです。

 潜在的に日本人は木に対して郷愁を持っています。駅弁を買ったら、木目を印刷した発泡スチロール製の弁当箱であり、料理屋のお膳や食器までプラスチック製の擬似木材、神社やお寺や公園の囲いの杭は、本物の木杭と見間違うほど上手に作ったコンクリート製か廃プラスチック製です。

 変な合理化を正当化しており、物のコスト、値段に対しても安さを追い求めるばかりで、ホンモノを見落として鈍感になっている。そういう倒錯した風潮、世相に危惧の念を禁じ得ません。

 ――山の荒廃は、広範囲な悪影響を及ぼしているのでしょうね。

 近年、台風や豪雨のたびに山崩れが起こっていることとも深く関わっています。原因を突き止め、根本的な対策を講じてこなかったツケが回ってきているのです。

 花粉症にしてもそうです。対症療法で、花粉の少ない杉や桧(ひのき)を何年もかけて開発したとか、高尾山のそれらを伐採し、植え替えるなどと言っていますが、そんなことをするより、元の広葉樹・ドングリの木を植えたほうがいい。

 発想が50年遅い。間伐されずに育ったひょろひょろの立ち木は、自分の生存木期が短いということを悟って、生殖細胞、つまり花粉を大量生産して私たちにしっぺ返ししているのです。

 ――木の将来性についてはどう考えますか。

 木は日本の恵まれた山岳環境から産出される素晴らしい生物材料で、再生可能な資源として世界で珍重されることは明らかです。もちろん、産出木材の地産地消を推進し、木材資源のバイオマスや建築廃材は古材もチップ化し、バイオエタノールを効率よく生成すれば、需要は無限に広がります。

 私は、ジュースやコーヒーのアルミ缶も紙のカート缶に全面切り替えればいいと提案しています。知恵を結集してやればできることです。

 競争原理が働かず税金による助成金頼みでいつまでも甘えている産業や事業は、滅亡を待つばかりだと思います。農林業の確固たる自立が望まれます。林業が活性化すれば、山の荒廃は防げ、環境保全・水土保全林も換金性が生まれてきます。

 最近、用材不足のヨーロッパや中国、韓国などへの輸出が話題になっていますが、輸出先によっては丸太のままでも粗加工してでもいいのです。一部の林業家や自治体では始動しています。宝の持ち腐れにならないよう、官民挙げてこの機運を盛り上げていくべきです。

 さわい・としお 昭和6年(1931)、京都府城陽市生まれ。同29年、京都府立大林学科(木材利用学専攻)卒業。永大産業に入社後、一貫して木材の生産、利用の研究、経営に携わってきた。定年後は、樹木に関する豊富な知識と経験を生かし、“沙漠緑化の父”遠山正瑛鳥取大名誉教授(故人)らと中国・内モンゴルの沙漠での植林活動を始めた。平成11年には現在の隊を独自に結成。以後、「世界の子供たちに『木を植え育てる心』を育む」を合言葉に、モンゴル、アマゾン川流域など世界各地でのボランティアによる植樹や国際交流を続けている。編著書に『沙漠浪漫』シリーズ。