松本死刑囚刑執行、「殉教者」にしてはならない
残虐な無差別テロで社会を震撼させた地下鉄サリン事件から23年。オウム真理教による一連の事件で死刑が確定した元代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63)と元幹部死刑囚6人の刑が執行された。しかし、いまだにオウム真理教の後継団体が活動を続けている。前代未聞の組織犯罪の教訓を踏まえ、監視の徹底が求められる。
オウム後継3団体が活動
オウム真理教は若者を中心に信者を集め、1995年のピーク時には海外拠点を含め1万人以上の信者を抱えた。その一方、「ハルマゲドン(人類最終戦争)が勃発する」などと信者の不安をあおる手口で次々と事件を起こした。事件をめぐっては13人の死刑が確定しているが、松本死刑囚らの刑の執行で一連の事件は大きな節目を迎えた。
この間、89年11月に坂本堤弁護士一家3人を殺害。94年6月、長野県松本市でサリンを噴霧し、95年3月には営団地下鉄(当時)車内でサリンを散布した。松本サリン事件では住民8人が、地下鉄サリンでは乗客と駅員13人が犠牲になったほか、6000人以上が負傷し、今なお後遺症に苦しむ人も多い。
だが松本死刑囚は一審から不規則な言動を繰り返し、事件の動機などを詳しく語ることがなく、裁判とともに刑執行までに長い年月を要した。執行を見届けられずに亡くなった被害者や遺族はいかに無念だったろう。
この間、教団は主流派の「アレフ」と、元幹部上祐史浩氏が設立した「ひかりの輪」、アレフからさらに分派した集団の三つが各地に拠点を設け活動している。中でもアレフは、松本死刑囚を「尊師」とあがめて祭壇に写真を飾るなど、絶対的帰依を強調した「原点回帰」路線を徹底している。殺人を正当化した「ポア」の教義を放棄したのかも不透明だ。死刑執行への報復テロに対する警戒も求められる。
警察当局は、教団の主導権争いに影響を与えかねない松本死刑囚の遺体や遺骨の帰属先について高い関心を寄せている。“殉教者”として英雄視されるようなことがあってはならない。
米国は「アレフ」になっても本質は変わっていないとして「国際テロ集団」と規定し、入国を許さないなど厳しく監視している。わが国では類似したテロ事件の再発防止や被害者の支援などについて、これまで具体的な法整備がなされてこなかった。海外ではオウムのような団体を組織的に壊滅させてテロ再発の防止に当たるのが常識だが、わが国では破壊活動防止法を適用せず、団体規制法をつくって「観察処分」としているだけだ。
この事件の特異性は、松本死刑囚の元に多くの若者が取り込まれ起こされたことだ。今後も解明は続けなければならないし、若い世代に教訓をいかに伝えていくかが大きな課題だ。
厳正な法執行を評価
一方、上川陽子法相は「裁判の十分な審理を経て死刑が確定した。慎重にも慎重を重ねた上で、執行を命令した」と説明した。法の執行を厳正に行うべきであることは言うまでもない。世界各地で無差別テロなどが頻発しており、テロに毅然(きぜん)と立ち向かう姿勢を国際社会に示せたことは評価したい。