袴田事件再審、衝撃的な「証拠捏造」の指摘


 昭和41年に静岡県で一家4人が殺害、放火された「袴田事件」で、強盗殺人などの罪に問われ死刑が確定した袴田巌元被告の第2次再審請求審で静岡地裁が再審開始を認めた。刑と拘置の執行停止も決定し、袴田さんは48年ぶりに釈放された。

DNA鑑定が開いた扉

 「無罪にすべき明らかな証拠を新たに発見」することが再審開始の要件だ。この再審請求審では、現場近くのみそ工場タンクから発見され、確定判決が犯行着衣と認定した衣類に付着した血痕が、DNA型鑑定で袴田さんのDNA型と一致しなかったことが決め手となった。

 鑑定は弁護側と検察側が推薦した鑑定人2人が行った。検察側鑑定人は試料の経年劣化を理由に判断はできないとしたものの、静岡地裁は「弁護側鑑定の方が、より信頼性の高い検査方法を用いている」と判断した。

 DNA型鑑定は近年、精度を急速に高めてきた。平成元年頃には同型の人の割合が「200人に1人」だったのが、現在は「4兆7000億人に1人」まで上がった。鑑定技術の進歩が真実への扉を開いたと言える。

 戦後、死刑か無期懲役が確定した事件で再審開始が決定し、再審公判で無罪となった例は8件に上る。これら冤罪(えんざい)事件が発生した背景は、自白の強要など行き過ぎた捜査があった。袴田事件も同様の事情があった。1日12時間を超える取り調べを受けた袴田さんも拘留期限の切れる3日前に一旦(いったん)自白し、公判が始まってから無罪を主張した。

 しかしこの事件が、これまでの冤罪事件と様相を異にするのは、有罪の決定的証拠とされた犯行着衣が捜査当局によって捏造(ねつぞう)された可能性があるということである。

 証拠とされた5点の衣類については、当初から不審な点が指摘されていた。それらが、みそタンクから見つかったのは、事件から1年以上も経過してからであり、その前の捜査やみそ仕込みの際には発見されていなかった。さらに1年以上みそタンクに浸かっていたにしては色が薄い、ズボンが袴田さんには小さ過ぎて履くことができないなどのものだった。

 これらの不自然さとDNA型鑑定での不一致から、村山浩昭裁判長は「袴田さんの着用していたものでも犯行着衣でもなく、事件から相当期間が経過した後、みそ漬けにされた可能性がある」とした上で「後日捏造されたと考えるのが最も合理的。捏造する必要と能力を有するのは、捜査機関(警察)をおいて他にない」とまで述べている。

 警察が証拠を捏造するなど日本人の常識的感覚からすれば考え難いことだが、この事件では捏造の可能性を認めなければ、証拠に関する不自然さを合理的に説明することはできない。

正義を危うくするな

 正義と治安を守るべき警察が、そのような捏造を行ったとすれば深刻な問題である。取り調べの行き過ぎや誤判断などの過失では済まされなくなる。警察への国民の信頼を揺るがせ、正義や法秩序そのものを危うくしかねない。釈放された袴田さんの心身共に衰弱した姿を見れば、無罪だった場合、その責任も当然追及されねばならない。

(3月30日付社説)