ドイツの改憲の意義を歪曲し改憲無用論を展開する朝日の同行取材記

◆自ら水差す安倍内閣

 わずか1週間で閣僚が2人も辞め、加えて萩生田光一文部科学相の「身の丈」発言と大学入試の英語民間試験の延期。安倍内閣、負の連鎖である。9月の内閣改造が本当に適材適所だったのか、長期政権の緩みなのか。これでは憲法論議の盛り上がりは望むべくもない。

 臨時国会が始まった10月初め、産経は「憲法改正論議の前進図れ」(5日付)、本紙は「前向きな憲法論議を聞きたい」(8日付)とし、日経も「最も注目されるのは、憲法改正に向けた論議がどこまで進むかだ」(5日付)と言った。さらに産経は「憲法公布73年 9条欠陥正面から論議を」(11月3日付)と主張した。そんな期待に安倍内閣自ら水を差した格好だ。

 それで護憲派が気勢を上げている。中でも朝日は「憲法を考える 視点・論点・注目点」のロゴ入り企画モノ(月1回掲載)で、改憲論に水どころか“豪雨”を目論(もくろ)む。10月29日付では、9月にドイツなど欧州4カ国を視察した衆院憲法審査会の与野党議員団の同行取材記を掲載した。

 見出しを見ると、「改憲、日本は遅れているのか」「戦後63回、日本なら法改正ですむレベルも ドイツ 回数の比較『意味がない』」などとある。自民党が各国の改憲回数を示し「一度も改憲しない国は日本だけ」と訴えているのを逆手に取った改憲無用論だ。

 ドイツで3月、教育へのデジタル技術の活用を進めるため連邦(中央政府)から各州への財政支援を可能にするため63回目の基本法改正(改憲)を行ったが、「日本なら憲法改正どころか、毎年の予算措置で対応できる内容」(与党議員)、「日本の法律改正と同じような感覚」(奥野総一郎・国民民主党憲法調査会事務局長)で繰り返されてきたのが実情と朝日は書く。

 確かに単純には比較できない。ドイツは連邦国家で戦後、東西に分断された事情もあり、日本とは国家の成り立ちや仕組みが違うからだ。だが、何度も改憲したのは、それだけ憲法の規定と現実とが食い違ってきたからだ。

 これを放置すれば国民生活に支障を来す。整合させるには解釈改憲や憲法とは別に法律を作る手もあるが、それでは憲法が形骸化する。憲法を軽んじないから63回の改憲に至った。そう捉えるべきで、記事はドイツの改憲の意義を歪曲(わいきょく)している。

◆問題は回数より中身

 改憲の回数は枝葉の話だ。問題は中身だ。記事には「ドイツでも、国民の権利の一部制限を含む『緊急事態条項』の創設など、大規模な改正はあった。ナチス時代の経験から国民の間には抵抗感が強く、連邦政府による検討の開始から改正までに10年を要した」とある。この大改正こそ改憲の要諦だが、中身に踏み込もうとしない。

 それで代わりに書くと、ドイツ(西ドイツ)には敗戦当初、憲法に緊急事態条項がなかった。それで1968年に基本法大改正いわゆる「ボン基本法」を制定し、新たに緊急事態条項を設けた。

 緊急事態は「防衛事態」「緊迫事態」「同盟事態」「憲法上の緊急事態」「災害事態」に分類し、それぞれに定義や確定の要件、効果等を規定した。またナチス独裁の苦い経験を基に、緊急事態下でも立法機能を維持するため緊急事に地下壕に入って備える国会議員団も平時に選任している。

 改正に10年も要したと言うが、論議を始めたのは敗戦から10余年後で、半世紀も前に成立させている。現行憲法が今なお緊急事態条項を欠いているのと大違いだ。これをもってもドイツの改憲の意義が分かろう。

◆物見遊山の海外視察

 それにしても与野党視察団には首を傾(かし)げる。ユーは何しに欧州へ? 衆院憲法審査会のホームページを開くと、過去の海外調査報告がずらりと並んでいる。何を今さら、である。与党議員が野党を懐柔するための「ただの物見遊山」だったなら、それこそ緩んでいる。そこを護憲の朝日に付け込まれたか。

(増 記代司)