イチロー引退、選手と観客の思いが凝縮する幸福な時間に共感した朝日
◆各紙一斉に功績称賛
「数々の金字塔を打ち立てた偉大な野球選手が、バットを置いた。輝かしいプレーは多くの人々の記憶に残るだろう」(読売・社説)。「平成という一時代に日本のプロ野球から雄飛した大リーグで縦横無尽に活躍し、メジャー屈指のスーパースターとなった天才打者が、現役生活に終止符を打つ」(小紙・同)。
米大リーグ・マリナーズのイチロー選手(45)=本名・鈴木一朗=が、日本(東京ドーム)での大リーグ開幕公式第2戦となった21日のアスレチックス戦終了後に引退を表明した。大リーグで達成した記録の中には84年ぶりに塗り替えたシーズン最多安打記録262安打(2004年)や10年連続200安打(10年)の歴史的記録も打ち立てた。日本のプロ野球での7年連続首位打者がかすむほど輝かしい記録に彩られてきた中には、参考記録ながらピート・ローズ氏の大リーグ最多の4256安打を抜く日米通算4257安打(16年6月)を記録したのも印象深い。大リーグ通算では日本選手初の3000安打を超す歴代22位の3089安打を放っている。
プロ野球に入って28年目、大リーグ選手となって19年目のイチロー選手の決断について、各紙は23日付で一斉に惜別の賛辞などを競うように掲げてその功績を称(たた)えたのである。今回はその言葉の端々にあふれる感動の余韻を共感して楽しみたい。
◆ファンが最大の評価
例えは適切でないかもしれないが、人は棺(ひつぎ)に蓋(ふた)した時に評価が定まるという。イチロー選手に最大の評価を送ったのは、球界の先人や関係者ではない。ましてメディアでもない。東京ドームを埋めた数万人のファンであった。彼らは試合終了後に、イチロー選手を待ち続けてアンコールした。そして、再び姿を見せたイチロー選手は大声援と拍手に包まれた。いつもクールなイチロー選手も、この光景に心が震える感動を覚えたのであろう。記者会見で「あれを見せられたら、後悔などあろうはずがありません」と感謝を口にしたのである。
この光景に言及して、朝日(社説)は冒頭から「選手と観客、それぞれの思いが交差し凝縮する。スポーツの幸福な時間を見た思いがする」と書き出した。「幸せな野球人生を全うしたといえるだろう」と書き出した産経(主張)は「イチローにこのせりふを言わせたのは、東京ドームを埋めた観衆の大歓声だった。イチローを幸せな選手と思わせる、最大の理由である」と受けた。毎日(社説)も、この光景に触れ「晴れ晴れとした表情が印象的な幕引きだった」「1992年にプロ入りし、まさに平成の時代を駆け抜けたスーパースターだった。/巧みな打撃や華麗な守備はもう見られない。喪失感に包まれたファンは少なくなかろう」と、惜別したのである。
◆米国の野球観に新風
イチロー選手の偉大な功績は前記したように残した数々の記録が無言のうちに称えているが、各紙はそれを通して本場・米国の野球観に新風を送り込んだことに言及したのが痛快である。
読売は「パワーヒッター全盛の大リーグにあって、『打って、走って、守る』という野球の原点を思い出させ、米国のファンをも驚かせた。/大リーガーたちの流儀に惑わされず、自分のスタイルにこだわった」ことを評価。朝日は「打撃だけではない。強肩、駿足。スピード感あふれるプレーが鮮烈だった。パワー全盛の大リーグで野球の面白さを再発見させた、との評価は決して過大ではない」と投手の先達である野茂英雄氏と同じように、球史に大きな足跡を残したことを称えたのだ。同感。
「パワー重視のあまりに薬物摂取が蔓延(まんえん)した大リーグで、クリーンでスピード豊かなイチローの存在は本場の野球観を変えた」とする産経は、これを成したのが長年の鍛練で「イチローは努力の天才であり、真のスーパースターだった」と最大限の賛辞を惜しまない。天才はその才能を指すことが多い中で、イチロー選手は「努力の天才」だったと言うのも含蓄深い評価である。
そして毎日が、イチロー選手がピート・ローズ氏の大リーグ安打記録を日米通算で抜いた時の発言「子供の頃から、人に笑われてきたことを達成してきている自負がある」を持ち出して「日本人には抜けないといった一方的な価値観を打ち砕いてみせた。痛快だった」と書いているのは、確かに愉快な気持ちにさせられるのである。
(堀本和博)