シリア米軍撤収発表が大きな波紋を呼び各メディアが賛否両論展開

◆批判を受け取り消す

 トランプ米大統領が昨年12月、シリアの米兵は「全員返って来る。すぐに帰って来る」とシリアからの全軍撤収を発表したことが大きな波紋を呼んだ。各国メディアからは、過激派組織「イスラム国」(IS、ISIS)の復活を許すことになると批判の大合唱が巻き起こった。米政権内部からも難色を示す声が上がるほどだ。

 米紙ニューヨーク・タイムズは「大統領と政権の間でちぐはぐなメッセージが出されることは初めてではない」としながらも、撤収の発表を「憂慮すべきだ」と非難した。

 米コラムニスト、キャサリン・パーカー氏も、「テロリストの術中にはまる」と撤収に否定的だ。

 対イラン強硬派であり、政権の安全保障政策を支えてきたボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、シリア内でイランが勢力を拡大していることに懸念を表明、「すぐには行われない」とトランプ氏の撤収表明に慎重な姿勢を示した。

 トランプ氏は批判を受け、即時撤収を取り消し、シリアから撤収してもイラクに駐留している米軍が対応できると発表せざるを得なくなった。

 だが、シリアで米軍の庇護(ひご)の下でIS掃討作戦に携わってきたクルド人勢力は戦々恐々だ。隣国トルコは、シリアのクルド人勢力をテロ組織と見なしており、米軍撤収後、シリア内のクルド人掃討作戦を実施する意向を表明しているからだ。

 また、シリアの隣国イスラエルも、宿敵であるイランと、その支援を受ける武装組織ヒズボラが活動を活発化させるとして警戒を強めている。

◆従来の中東政策踏襲

 イスラエルのニュースサイト「イスラエルハヨム」のコラムニスト、オデット・グラノット氏は内戦が終結に向かい、アサド政権の支配が続くことが決定的となっているシリアについて「新しくて古い中東」と指摘、新たな「現実」への対応の必要性を訴えている。

 同氏は「米国の決定は、ホワイトハウスの外交政策を象徴的に表したものにすぎない。これは、オバマ政権の外交とも通じる」と米外交政策に従った判断との肯定的な見方を示した。「中東からシフトし、『砂と死』(トランプ氏)しかない中東への軍事介入を回避し、シリアの情勢に米国は事実上、影響力を行使できる可能性はない」というのがその理由だ。これが、米国から見た現在の中東の「現実」ということだ。

 オバマ政権も、「アジアへのシフト」を明確にしていながら、中東からの撤収に踏み切れなかったことを考えれば、トランプ大統領が主張してきたシリアとアフガニスタンからの米軍撤収は、従来の中東に関する米外交・軍事政策を踏襲した思い切った決断と見ることもできる。

◆現場はIS復活警戒

 ところが、現場はそうでもないようだ。米軍事ニュースサイト「ミリタリー・タイムズ」のコラムニスト、カイル・ランファー氏は、米中央軍当局者の話として、ISへの攻撃が依然として続いていることを明らかにしている。「われわれのミッションは依然、ISISの壊滅だ。米軍が現地にいる限り、兵力の支援のための空爆を続ける」と中央軍のアバ・マージェリソン氏は語っている。

 ランファー氏によると、中東専門家の間では、「ISとの戦闘での米軍の果たすべき役割については異論があるものの、米軍の撤収後、ISが復活し、脅威となる力を依然として持っていることで一致している」と、IS復活に警鐘を鳴らしている。また、撤収が実際に実行されるかどうかは、「ホワイトハウスの安全保障チームのボルトン派とトランプ派の間の戦いの結果次第」とホワイトハウス内で対立が生じている可能性を指摘する。マティス国防長官解任劇のような大波乱が起きる可能性もあろう。

 一方、英紙ガーディアンのコラムニスト、サイモン・ジェンキンス氏はトランプ氏のシリア撤収への支持を表明している。

 トランプ氏は「人々は自分自身のことをし始めなければならない。米国は世界の警察官であり続けることはできない」と国外の紛争への関与に限界があることを強調している。

 ジェンキンス氏は「トランプ氏は、『米国第一』を中東に適用する権利がある」と内向きの姿勢を強める米国を擁護するものの、シリアをめぐる現実が、これを許すかどうかは示されていない。

(本田隆文)