「予見可能性」の判断を冷静に行うべきだったアエラの東電裁判傍聴記

◆東電元副社長が証言

 東京電力福島第1原発事故を受け、入院患者らが無理な避難で死亡したなどとして、東電元幹部らが強制起訴された刑事裁判。その30回公判が今月中旬開かれ、東電元副社長の武藤栄氏(68)が証言台に立った。

 この時の裁判の模様を、アエラ10月29日号は「遺族と事実に尻向けた 東電刑事裁判を傍聴し続ける記者が『のけぞった』武藤証言」と題し伝えている。リード文の「『山場』とされる被告人質問で、武藤栄・元副社長は責任逃れに終始した」というのが傍聴席からの記者の見立てだ。

 2002年に政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が発表した長期評価は「福島沖でも1896年の三陸沖(明治三陸地震、死者2万1959人)と同様な大津波をもたらす地震が発生する可能性がある」というもの。

 東電経営陣を追及する検事役の指定弁護士側は「政府長期評価を元に東電社内で進んでいた対策は08年7月31日、武藤氏の指示で停止された」「武藤氏が津波対策を先送りし、その判断が事故を引き起こした」と主張。これに対し、武藤氏は「先送りと言われるのは大変に心外」と反論した。

 東電社内で進んでいたのは「長期評価に基づき15・7メートルの津波への対策」だが、それを示された武藤氏は、対策にGOサインを出さず、土木学会に検討を依頼していた。これらを武藤氏は「経営としては適切な手順」と証言した。

◆ホテル火災では有罪

 平成17年に乗客106人が死亡した兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で昨年、最高裁はJR西日本の歴代3社長を無罪とした。具体的な危険性を認識した上で事故を予測できたと言えなければ過失責任は問えないとした。

 一方、昭和57年に起きたホテル・ニュージャパン火災では、宿泊客のたばこが出火原因で多くの死傷者を出した。この時、ホテル社長は防火対策の不備を認識していたことなどから、裁判所は「いったん火災が起これば、宿泊客らが死傷するおそれがあることを容易に予見できた」と判断。業務上過失致死傷罪が成立した。

 今回の東電の裁判もこの「予見可能性」の有無が焦点になっており、検事役と東電を代表する武藤氏との発言の応酬は聞き逃せない。法廷に出向かなかった読者が知りたいのは、この日の被告人質問の過程で、記者は、予見可能性について、その判断と認識をどう深めていったか、その点だろう。

 しかし、反東電を標榜(ひょうぼう)した記者が「のけぞりそうになっ」て驚いたのは、この間、「政府の津波予測について、武藤氏が『信頼性は無い』と断じたこと」で、「最新の科学的知見の意味を理解できない人が、東電の原発の最高責任者だったのだと、つくづく恐ろしくなった」とため息をついたりしている。

 また「刑事裁判で真相が明らかにされると、民事訴訟との整合性が取れなくなることを恐れたのかもしれない」と。最後に「福島原発刑事訴訟支援団長」なる人物の「被告が本当の良心にしたがって真実を述べてほし(かった)」というコメントを添えている。武藤氏の発言をハナから嘘(うそ)と決め付け、法廷審議のダイナミズムが伝わってこないのは、残念。

 もちろん傍聴記なので記者が自身の興奮ぶりを伝えることはありだが、「予見可能性」の判断を冷静に行うことを忘れてはならない。

 安全対策といえども、対費用効果という概念をまったく無視してよいということにはなるまい。もちろん、もし頻度が極めて低かったとしても、万一起きてしまったときの被害、災害が極めて深刻であれば、当然十分な対策を講じることが求められる。その塩梅(あんばい)について、武藤氏の証言から裁判所はどう判断したかがポイントだ。

◆事故低減の方法探れ

 また事故低減の方法は、事故の原因解明と、事故をなくすための具体的な方策の確立である。今回の事故で言えば、3、5号機の全交流電源喪失について、もともと原発の設計段階で不備があったのか、どうか、イエスなら事前に認識できなかったのはなぜか―。それは解明されず、東電職員が津波の長期予測を幹部に伝えたかどうか、言った、言わないという点ばかりを誌面で伝えている。傍聴記者の事故再発防止に懸ける本気度に「?」。

(片上晴彦)