聖地をめぐる衝突で解決への道筋を示せぬイスラエル各紙
◆繰り返される衝突
イスラエルとパレスチナとの間で再び、「聖地」をめぐる衝突、流血事件が起きた。イスラエル側の譲歩で一応の収束を見たが、解決案は提示されず、火種は残ったままだ。
エルサレムで、イスラム教徒パレスチナ人とイスラエル治安部隊がほぼ2週間にわたって衝突した。発端は14日、パレスチナ人によるイスラエルの警官への銃撃事件。エルサレム旧市街のイスラム教聖地ハラム・アッシャリフ(ユダヤ教呼称「神殿の丘」)の入り口で起きたこの事件で警官2人が死亡した。
イスラム教、ユダヤ教双方の聖地ハラム・アッシャリフをめぐっては、これまでもパレスチナとイスラエルの間で衝突が繰り返されてきた。聖地の扱いは中東和平交渉の焦点の一つでもあり、難しい課題だ。
右派リクードのネタニヤフ首相は事件を受けて、直ちに聖地封鎖の措置を取った。パレスチナ人がこれに反発、イスラエルが再発防止策として聖地入り口に金属探知機を設置したことが、火に油を注いだ。聖地の「現状」の変更に当たり、受け入れられないというのがパレスチナ側の言い分だ。
中道左派系のイスラエル紙ハーレツ(電子版)は24日の社説で、探知機設置を決めたネタニヤフ首相を非難、直ちに撤去するよう求めた。
同紙は「ネタニヤフ首相が正気に戻らなければ、イスラエルと中東地域全体は危機的状態に陥るが、首相は、自身の連立政権への脅威とこの危機的状況は関連があるという思い込みを捨てようとしない」と指摘、探知機の設置は、パレスチナに対し強硬姿勢を取らなければ、右派リクード主導の連立政権に悪影響を及ぼすと考えた政府の政治的駆け引きの結果だと断罪。
◆撤去された探知機
その上で、「ネタニヤフ首相は、神殿の丘が中東で最も危険な場所であることを知っていながら、宗教と民族主義が微妙に、複雑に絡み合うこの問題を技術的に解決しようという誘惑に屈した」とイスラエル政府の対応を非難する一方で、神殿の丘を管理するヨルダンとパレスチナの宗教当局との交渉を通じて事態の鎮静化を図るべきだと訴えた。
右派政権としては、聖地をめぐる譲歩で「危険な弱み」を見せるわけにはいかないという事情もあろう。最終的には、27日に探知機を撤去、当初伝えられていた監視カメラの設置なども見送られ、パレスチナ側もこれを受け入れた。ハーレツの言い分が通った格好だ。
一方、右派系紙エルサレム・ポストは、社説「聖ならざるステータスクオ(現状)」で、暴力に訴えるパレスチナ側の対応を非難した。
ハラム・アッシャリフをめぐっては、これまでも数多くの衝突が起きている。2000年の故シャロン元首相の神殿の丘訪問後には、パレスチナ全域を巻き込んだ民衆蜂起インティファーダが発生、15年のアリエル農相の訪問の際にも騒乱が発生した。いずれも、聖地をめぐる「現状」を変更しようとしたとパレスチナ側が反発したことが原因だ。
◆現状維持か変更か
今回の騒動も、聖地への検問所設置という現状変更であり、イスラエルが聖地への支配権を奪おうとしているとパレスチナとヨルダンのイスラム当局が反発したことが直接の原因だ。
だがポスト紙はこの現状を、「社会的無気力と機能しない政府を正当化するための政治的仕掛け」として利用された「錯覚」だと訴える。
同紙は「イスラエルは、新たなステータスクオとなったイスラム主義者らの暴力も、シオンの地でのユダヤの存在を否定するパレスチナ・イスラムの妄言も受け入れることはできない」と現在の「思想的現状」の変更を訴えた。
聖地をめぐる議論では、ステータスクオという言葉がよく用いられる。だが、この現状の維持、現状変更への拒否が対立、衝突の原因ともなってきた。和平交渉が進まない一因ともなっている。
だが、検問所設置という現状変更を非難したハーレツ紙、聖地をめぐる現状の変更を求めるポスト紙だが、行き詰まった現状を解決へと導く道筋は示していない。
(本田隆文)