欧州・東アジアの地政学的リスク分析の必要説いたエコノミスト
◆EUと北朝鮮に注目
欧州でのテロ行為が頻繁化している。中東での「イスラム国」(IS)などイスラム過激派によるテロ活動が欧州に拡大しているわけだが、欧州を悩ませているのが中東からの難民問題である。昨年6月、英国は移民受け入れを拒否すべく欧州連合(EU)離脱を決定。そして今月7日にはフランスのEU加盟に懐疑的なルペン氏とEU加盟存続を打ち出すマクロン氏によるフランス大統領選挙の決選投票が行われる。まさしく欧州は今、EU存続をめぐって大きな岐路に立たされている。
一方、もう一つ世界を悩ませているのが北朝鮮問題。核ミサイル開発をやめようとしない北朝鮮に対して米国のトランプ大統領は実力行使に出た。今年4月にシリアを空爆したその直後、米空母「カール・ビンソン」を北上させ、日本海で北朝鮮に圧力をかけ、まさに軍事行動も辞さない構えを見せている。こうした危機的状況下で、マスコミは連日、戦争開始を思わせるような扇情的な番組や報道を流している。果たして、EUは存続するのか、あるいは米国は北朝鮮の核開発を止めることができるのか、世界の目がそこに集まっている。
◆緊急特集組んだ2誌
そうした中で週刊ダイヤモンド(4月22日号)と週刊エコノミスト(4月25日号)は、トランプ政権下での米中関係、欧州・北朝鮮問題などについて特集を組んだ。
このうちダイヤモンドは「トランプが破った世界の均衡」という見出しを付け緊急特集を組んだ。特集は4ページ程度のものだったが、トランプ大統領と習近平国家主席との米中会談の最中に米国がシリアを攻撃したことを挙げながら、「トランプ米大統領の登場で大国間の緊張は高まるといわれたがそれが現実のものとなった。世界経済はどう動くのだろうか」とリードに掲げて原油価格、株価・為替相場を分析している。
一方、エコノミストは「空爆、テロ、欧州」と題し、最近の世界情勢を米中編と欧州編に分けて分析した。両経済誌とも、トランプ大統領のシリア空爆が大きな契機として特集を組んでいるが、特にエコノミストの米中編では、北朝鮮問題に対して「地政学的リスクという日常の理屈を超えたリスクに対しては、平時の理屈が通じないものだ。そうした視点でいま一度、リスクを総点検する局面にある」と語る。
地政学とは国家の地理的な位置関係が政治や軍事、国際関係に与える影響を研究する学問だが、近年は、地政学的緊張の高まりが、世界の原油、株価、為替の動向に大きく影響を与え、世界経済全体の先行きを不透明にすることから、金融市場では、「地政学的リスク」という用語を使って市場(マーケット)の動向を注視する。エコノミストは、今こそ「地政学的リスク」という視点をもって対処しなければならないと警鐘を鳴らしているわけだ。
◆歴史的視点から考察
ところで、地政学的視点で物事を捉える場合、地理的条件は重要な要素の一つだが、何よりも大きなウエートを占めるのが歴史学的アプローチである。今回のエコノミストには歴史的視点からの分析が幾つも見られる。
例えば、福富満久・一橋大学教授は、1939年9月に行われた「ミュンヘン会談」を例にとって、今回のトランプ大統領のシリア攻撃を擁護する。「(ミュンヘン会談で)英国のチェンバレン、仏のダラディエ、伊のムッソリーニの3首相がヒトラーの説得にあたったものの、ドイツとの対立を回避、見過ごした。…。米国優先主義を標榜するトランプ大統領の外交を不安視する向きもある。だが、サリンを使って大量殺人をする独裁者への支持を表明するプーチン大統領と、どちらがまともだろうか」と述べる。シリアのアサド大統領がこれまで化学兵器を使い大量殺戮(さつりく)を繰り返してきたが、オバマ前大統領や欧州のリーダーは目をつぶってきた。それはかつてヒトラーの野望を見て見ぬ振りした英仏伊の3首相と同じで、トランプ大統領は「ミュンヘン会談」の轍(てつ)を踏まなかったと評価している。
同号では、この他に水野和夫・法政大学教授が「海の国・英国亡き後のEUはドイツ覇権の“中世フランク王国”」と題し、現在のドイツと1200年前のフランク王国を比較。また、深井智朗・東洋英和女学院大学教授は今年が宗教改革500年であることを引き合いに出し、ドイツにおける近年のルター派教会の教勢拡大と国内の排外主義を分析した。
こうしてみると日本では地政学という学問は一般になじみがないが、歴史の岐路に立たされている今こそ重要であることが改めて思い知らされるのである。
(湯朝 肇)