酒鬼薔薇事件殺人犯と印税稼ぎする太田出版を批判した新潮、文春
◆匿名で遺族傷つける
「乾きかけていた瘡蓋(かさぶた)をむしり取るだけでなく、傷口に塩をすり込み、被害者遺族をさらに非道にいたぶる。一方、自身は『匿名の外套(がいとう)を身に纏(まと)い、多額の印税を懐に入れた少年A、またの名を酒鬼薔薇聖斗。これはもはや、彼の手による、何の罪もない遺族への私刑の行使であり、社会への挑戦だと見る人がいる。『絶歌』の増刷が決まった……。」
週刊新潮(7月2日号)の記事「『元少年A(32歳)』が自己顕示した『14歳の肖像』」のリード文である。編集者の憤怒と虚無感が伝わってくる。この胸糞の悪い騒動の詳細を知るのさえ避けたい御仁にはこれだけで十分ご理解をいただけるだろう。以下は蛇足。
18年前、当時14歳だった「少年A」による神戸連続児童殺傷事件。自身を「酒鬼薔薇聖斗」と名乗り、猟奇的犯行を繰り返した。犯人の幼さ、犯行の残忍さ、遺体の一部を校門に掲げるなどの猟奇さ、衝撃的な事件はいつしか、記憶の彼方に沈んでいったが、医療少年院を出て、既に32歳となった「少年A」が退院後の日々をつづった本が突然出版され、遺族は再び傷つけられることになり、社会は忌まわしい記憶を呼び覚まされた。
この本を“出させた”出版社はいったい何を考えているのだろうか。出版元の太田出版岡聡社長は、自社のサイトで、「深刻な少年犯罪を考える上で大きな社会的意味があると考え、(略)本書の内容が多くの方に読まれることにより、少年犯罪発生の背景を理解することに役立つと確信しております」と出版の“意義”を主張している。
同誌は岡社長を直撃した。社長は、「野菜を切るための包丁を売ったのに、その包丁が人殺しに使われてしまった。それで、『売る時に人殺しに使われると思わなかったのか』と責められてもねえ。(略)どこのものよりも野菜を切るのに役立つと思って出版したんです」と答えた。この本が少年犯罪発生の背景を理解する上で「切れる包丁」だとは……。
◆売るための意図明白
そして、同誌は「彼は知らなかったのだろうか」と疑問を投げかける。まさに「少年A」が「弱い者は野菜と同じや」と、被害者たちを野菜扱いにしていたことを。「岡社長の比喩は、不謹慎極まりないか、不見識極まりないかのどちらか」だと呆れている。
多くの批判・抗議が出版社に届いている。書店では販売自粛、店頭に置かないなどの措置をとるところが続出し、公立図書館でも購入しないところが出てきた。
しかし、出版社の意図は明白だ。こうして騒動になれば売れる。批判されればされるほど、話題になり、メディアに取り上げられる。こうして本欄で扱うことも、相手の思う壺なのだ。
週刊文春(7月2日号)では、「少年A“母親代わり”女医」が、「出版社の罠にはまった大バカ野郎だ!」と怒りをあらわにしている。「少年A」は医療少年院で「育て直し」をされた。その際、「母親代わり」になった女医の無念さ、脱力感が伝わる。
さらに「『少年A』14歳の自画像」などの著書のある作家の高山文彦氏は、「Aと出版社は、売り逃げの共犯者だ」と厳しく批判した。
「匿名」の問題。なぜ32歳にもなった成人が匿名の陰に隠れて、遺族をいたぶるのか。小説や童話を出したわけではない。現実に起こった事件について、本人がその心理状況を書いているのだ。事件と向き合おうというのなら、自分をさらけ出して、世に問うたらいいと思うがどうか。
◆ネット飛び交う実名
たびたび少年法の壁を破って実名報道をする週刊誌だが、今回はどうしたことか「少年A」のままだ。いまこそ実名と写真を載せるべきではないのか。既にネットには本名が露出し、「現在、同棲中の女性がおり、印税は結婚資金」という真偽不明の情報までが飛び交っている。
「全国犯罪被害者の会代表幹事代行の林良平氏」は週刊新潮に、「人を2人も殺しておきながら、自分は殺人者だと誰にも悟られることなくのうのうと生活し、印税を稼ぐ。卑怯の一言です」と怒りをぶちまけている。
遺族を無視した出版、匿名、少年法……、議論ばかりが繰り返され、一つも改善されていないように見える。週刊誌はそれをこそ、追究すべきなのではないか。
(岩崎 哲)





