新聞退潮で「民主社会が不健康な環境に陥る」米国を朝日がリポート
◆崩壊する「報道エコ」
米国の自由と民主主義社会を支える大きな柱は報道の自由である。この報道の自由を確立させた第3代大統領のトーマス・ジェファーソンは「新聞をなくして政府を残すべきか、政府をなくして新聞を残すべきか、そのどちらかを選ばなければならないとしたら、私はためらうことなく後者を選ぶだろう」という言葉を残している。
ジェファーソンは報道の自由の支持者だったが、新聞そのものを褒めることはほとんどなかったと伝えられる。彼はまた「わが国の新聞がたどってきた堕落した状態、執筆者たちの悪意ある言動、下劣な品性、偽りに満ちた精神を遺憾に思う」とも語り、公正で均衡のとれた報道を繰り返し求めたのである。
南北戦争のとき、米国の報道機関はエイブラハム・リンカーン大統領を集中的に批判・攻撃した。シカゴ・タイムズ紙は1863年に、北軍の兵士たちが「自分たちが全く共感できない目的のために大量殺戮(さつりく)に向かわせられているのは愚かしい行為だと憤慨している」という内容の社説を掲載。怒った北軍司令官はその新聞社を閉鎖させたが、リンカーンが再開を命じた。
米国の自由民主社会にとって新聞は不可欠のものであった。それほどのものだった新聞がいま、退潮が止まらない深刻な危機にある。その実情を朝日新聞(25日付第1、2面)の山中季広・特別編集委員がリポートし「米国で『取材空白』と呼ばれる問題が深刻化してきた」と警告している。これをメディア関係者が遠い海の向こうの話ではなく、わが身のことと注目するのは当然だが、それはやがて社会全体に影響を及ぼす問題となることを米国連邦通信委員会の指摘から次のように記している。
「多くの州で『報道エコロジー』が崩壊していると指摘した。ニュース不足が慢性化し、民主社会が不健康な環境に陥ることを指す」
◆「取材空白」を問題視
米紙の退潮は、ピーク時(2005年)に約500億㌦あった広告収入が半減以下の約200億㌦に、記者や編集者の人数も3万8千人と最盛期の3分の2に落ち込んだ数字が示している。その結果、報道の量も目に見えて減り、必要なニュースも供給されなくなり「ニュース砂漠」とか「取材空白」という懸念を呼ぶ状況になったという。
近年、記者が集中投入されるのは選挙やスポーツ、芸能の分野で、大切な医療や教育、裁判、農業、地方ニュースなどの領域はすっかり手薄になり、ニュースも減った。
結果、何が起こったのか。リポートは「記者が取材に来なくなった自治体では、異変も起きている。ある市では幹部たちがお手盛りで給与を引き上げ、オバマ大統領を上回る高給を受け取っていた」ケースなどを紹介。問題を調べた前記の委員会が「報道機関による監視機能が弱まったためと断定」したのである。
リポートはまた生き残りをかけた新聞業界の動きも紹介。地方名門紙デンバー・ポストなどを傘下に収めたデジタル・ファースト・メディア社は、短期間でデジタル媒体への脱皮を試みたが昨年4月に事実上頓挫。逆に西海岸の新聞を買収し、紙の新聞強化を図った企業家も今年3月に撤退を決めるなど「大胆な経営実験に取り組むが、成果は乏しい」のが実情である。
◆不安定な報道サイト
一方、広がり続ける「ニュース空白」を埋めるため、全米各地で報道専門サイトが立ち上がったが、こちらの成果も乏しい。ほとんどが元記者1人か数人で運営。その数少ない成功例が10年続く「ニューヘブン・インデペンデント」(コネティカット州)だ。地元紙の相次ぐ休刊で立ち上げたサイトは、地元密着ニュースに徹した取材方針が住民に支持された。収入の支えは共感した病院や企業、資産家からの援助など。
医療分野の専門サイト「カイザー健康ニュース」は創刊から6年。財をなした実業家の遺産管理財団が全面的に支え、報道内容に注文を一切つけない。20人の記者のニュース解説などを医療機関や新聞社などに無償提供している。
これらの例もあり「期待されるこれら報道専門サイトだが、数年で行き詰まるところも多い」。「記者たちがどんなに心血を注いで報道しても、財源を安定させられなければ長続きはしない」とリポートは指摘。「(持続できる)黄金の方程式はどこにも見つかっていません」という専門家の話で結ぶ。
考えさせられる興味深いリポートではある。
(堀本和博)





