「日米密約」西山氏は報じていないのに「報じた」と誤報を続ける各紙

◆報じず社会党に渡す

 「嘘(うそ)も百回言えば真実になる」。ナチス・ドイツのゲッペルスやレーニンがこれを地で行ったが、どうやら日本の新聞も倣っているらしい。いったい、いつまで嘘をつき続けるつもりなのか、記者の良識が疑われる。

 それは「沖縄密約」をめぐる報道についてだ。1972年の沖縄返還をめぐる日米間の密約を示す文書について、元毎日記者の西山太吉氏らが国に開示を求めていた訴訟で、最高裁は西山氏側の訴えを退け、不開示が決定した。

 この判決自体には論議があるが、ここではそれを論じない。「嘘」とは新聞記事のことである。毎日は「西山さんは、72年5月に発効した沖縄返還協定の交渉過程で、米側が負担するはずだった土地の原状回復費用などを日本が肩代わりすることにした日米間の密約を報じた。外務省の事務官とともに国家公務員法違反で起訴され、有罪が確定した」(15日付)と、「報じた」とし、それがもとで有罪になったかのように書いている。

 産経も「沖縄返還をめぐる密約の存在を報道した元毎日新聞の西山太吉氏」とし、朝日は「西山さんは、初めて密約の存在を暴いた」、読売は「1971年に密約疑惑を報じた」(いずれも15日付)と、そろって報道したとしている。

 だが、これは嘘っぱちである。当時、毎日記者だった西山氏が外務省の女性事務官と「情を通じて」、公電の機密文書を入手し、71年6月に密約の存在を示唆する記事を書いたが、臆測記事として話題にもならなかった。西山氏は72年に密約文書を社会党代議士に渡し、国会で暴露させた。

 それで文書の漏洩(ろうえい)が発覚し、西山氏は女性事務官とともに国家公務員法(秘密漏洩)違反で逮捕された。事件直後に毎日は西山氏の非を認めて解職し、編集局長も辞任、「おわび」記事まで掲載した。それで当時、毎日も他紙も「報じた」とは書かなかった。

◆反社会的手法と判決

 当の西山氏は言論弾圧事件として最高裁まで争ったが、退けられた(78年5月)。判決は、報道のための取材の自由は表現の自由の中でもとりわけ重要だとし、取材活動が誘導的あるいは唆(そそのか)すようなことがあっても、それが真に報道目的なら取材活動の正当性が認められるとした。

 しかし「刑罰法令に触れる行為や、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙(じゅうりん)するなど、法秩序全体の精神に照らし、社会観念上是認することのできない態様のものである場合には正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる」とし、西山氏の取材方法は反社会的で「知る権利」に該当しないとした。

 つまり、男女関係を通じて機密を盗み出させ、報道もせずに政治的に利用した西山氏はジャーナリストではなく、単なる犯罪人と断じたのである。これは他の記者も肝に銘ずべき教訓だろう。

◆90年以降に書き換え

 それが90年代以降、「密約」が話題になると、いつの間にか「報じて逮捕された」と平然と書くようになった。筆者はこの虚偽報道を本欄で何度か取り上げ、一時、毎日は事実関係を客観的に記すようになった(例えば11年9月30日付)。ところが、またぞろ「報じた」である。

 昨年の特定機密保護法をめぐるプロパガンダまがいの批判記事でも西山事件を持ち出し、「知る権利」が損なわれると書き立てた新聞もあった。今回、日経は「(西山氏は)外務省の機密文書を入手して密約を示唆する記事を書き、国家公務員法違反で有罪が確定した」(15日付)と、まるで報道によって有罪になったかのように記している。

 朝日社説は「(密約の)その存在をジャーナリストとして突き止めた西山さんは刑事罰を受けた。その一方で闇に葬った政府関係者がとがめなしでは、あまりにもバランスを欠く」(15日付)と、筋違いなことを言っている。西山氏はジャーナリストとして裁かれたのではない。

 読売は、記事は間違っているが、社説は「西山氏が関連文書の写しを外務省職員から入手し、野党議員がそれを基に国会で追及した」(16日付)と正しく記す。どうも社内で徹底していないようだ。

 西山氏を英雄にしたいのか、それとも記者の無知の所産か。いずれにしても「嘘も百回」は、ごめん被りたい。

(増 記代司)