北朝鮮の拉致再調査で核阻止への国際的連携も指摘すべき朝日社説
◆全被害者の帰国要求
「全面解決に向けた第一歩」(安倍晋三首相)――。北朝鮮による日本人拉致問題が解決に向けて動きだした。日本と北朝鮮両国政府の間では、今年に入り1月にハノイ(ベトナム)で当局者による非公式接触、3月に瀋陽(中国)で赤十字協議、北京(中国)で局長級協議、ウランバートル(モンゴル)での拉致被害者の横田めぐみさんの両親とめぐみさんの娘との面会が行われるなどしてきた。そして、先月26~28日にストックホルム(スウェーデン)で行われた日朝協議で、これまで「拉致問題は解決済み」としてきた北朝鮮が拉致被害者らの再調査に応じることになったのである。
政府は見返りとして北朝鮮にとってきた日本独自の経済制裁を一部解除することで歩み寄った。今回の再調査合意は、拉致問題を「政権の最重要課題」と語る安倍首相の踏み込んだ決断によった。先月29日に日朝合意を発表した安倍首相は「全ての拉致被害者のご家族が、ご自身の手でお子さんたちを抱きしめる日がやってくるまで、私たちの使命は終わらない」と決意を語った。
だが、今回の合意はあくまで解決に向けた第一歩で、調査の実効性の担保、北朝鮮の核・ミサイル問題における米国や韓国との連帯を乱さないことなど、これから越えなければならないハードルも高く、前途には難題が横たわっている。
拉致再調査に対する新聞の論調は「機会を最大限いかせ」(毎日5月31日社説)と期待する一方で、これまで裏切られ続けてきた北朝鮮相手の交渉だけに「結果見ぬ制裁解除を危惧する」(産経30日主張)などと警戒の視点も加えていた。
まず再調査で何が得られれば解決なのか、日本の要求を明確にすることが不可欠だが、これを打ち出したのは産経と小紙(31日社説)だけだった。
産経は「いうまでもなく、拉致事件の解決は、全被害者の帰国である」とし、小紙は「我々が求めるのは全被害者の帰国であり、それ以外はあり得ない」と要求したのに対し、他の4紙にはっきりした要求が見当たらないのはいただけない。「進展があった場合でも、どういう結果が得られれば拉致問題の解決とみなすかという判断は難しい」(毎日31日社説)などと要求からして曖昧では、北朝鮮に翻弄(ほんろう)されかねないと言わなければならない。
◆一部解除に対朝不信
北朝鮮の再調査の約束で、今月下旬の調査のスタートに対して日本が制裁の一部解除することについて評価は各紙マチマチとなった。産経が「この程度の合意で制裁を一部解除するのは時期尚早である」と批判。毎日は「制裁解除が食い逃げされる懸念」に言及し、人的往来の規制解除など一定の制裁緩和に理解を示した日経(30日社説)も「人道目的とはいっても北朝鮮船舶の入港禁止を解除するのはいかがなものか」と物資の秘密ルートとして悪用の恐れがあることを懸念した。
日経が懸念した船舶の入港禁止措置の解除について朝日(30日社説)は「(日本政府には)制裁緩和を活用し、北朝鮮が誠実に対応せざるをえないような状況をつくる工夫が要る」と理解を示した。読売(31日社説)も「制裁解除の約束なしでは北朝鮮の譲歩を引き出すのが難しかったのも事実だ」と理解したが、一方で「人道支援は、重大な成果を前提とすべきだ」と注文も付けている。
◆包囲網乱すなと読売
今回の日朝協議で拉致問題が動きだしたといえるのは「北朝鮮が『拉致問題は解決済み』としていた従来の立場から『日本人に関する全ての問題を解決する』との立場に転換した」(小紙)からだが、その背景にあるのは「国内経済の疲弊や国際的孤立」(毎日)「食料難と国際的孤立」(小紙)である。「北朝鮮が日本との関係改善に動いたのは、国際的な孤立を打開する狙いもある」(読売)ことの分析は各紙とも一致して言及するところだ。そうした狙いを踏まえつつ「日本政府には、北朝鮮の内部事情を探りつつ、硬軟両面でのしたたかな外交が求められる」(朝日)のである。
だが、その上で「大切なのは、日本が北朝鮮包囲網の足並みを乱さないことだ。米韓両国と緊密に情報共有し、協調体制を維持」し「拉致と核・ミサイル問題を包括的に解決する方針を堅持すべき」(読売)ことを忘れてはならない。北朝鮮の核・ミサイル開発に厳しく対処する国際社会との連携は当然のことで、毎日、日経、産経、小紙も指摘するところだが、なぜか朝日にはこれが見当たらなかった。
(堀本和博)