性的少数者の新たなカテゴリーを主題にしたNHK「恋せぬふたり」


LGBTと決めつけることで、偏見や差別を生み、人間関係に亀裂をもたらすかもしれない。

微妙に変化する定義
 長年、LGBT(性的少数者)問題をウオッチし、またその支援団体が開くセミナーに足を運んでいると、周囲から「もしかしたらゲイですか」と聞かれることがある。

 そんな時、筆者はこう答えることにしている。「生まれてからこの方、同性に恋愛感情も性的魅力も感じたことがないので、たぶんゲイではないでしょう」。はっきり否定しないことで、「やっぱりそうかもしれない」と、逆に思われることもあるのだが、気にしていない。「たぶん」という副詞を付けるのは、ゲイの概念がいまだによく分からないからだ。

 法務省人権擁護局がネットにアップしている資料「多様な性について考えよう!」によると、ゲイは「『男性の同性愛者』(心の性が男性で恋愛対象も男性)」とある。地方自治体や支援団体の資料によっては、「性愛感情」あるいは「性的関心」が男性に向く人をゲイと定義しているが、一般的には「性的指向」(セクシャル・オリエンテーション)が同性に向けば「同性愛者」、異性に向けば「異性愛者」と定義される。

 だが最近、人の恋愛・性的欲求がどういう対象に向かうのかを示す概念といわれてきた性的指向は、恋愛感情と性的欲求を分けて考えるようになっている。あるLGBTに関する研究会では「恋愛は同性に向くが、性欲は異性に向く人もいる」と聞いた。「そんな人もいるのだな」というのが筆者の感想だが、そうなると、法務省の資料は正確ではないということになる。LGBT界隈(かいわい)では、新たな言葉が登場するとともに、定義が微妙に変わることは珍しいことではない。性的少数者も「LGBTQ」あるいは「LGBT+」「LGBTs」などと表現されることが多くなってきた。

逆に差別煽る懸念も

 NHKが「よるドラ 恋せぬふたり」1月10日(全8回)、スタートさせた。「アロマンテック・アセクシャル」(アロマ・アセク)の男女が主人公だ。LGBT界隈ではすでに知られた言葉だが、初めて聞く読者がほとんどだろう。

 NHKの番組サイトによると、アロマとは恋愛的指向(ロマンティック・オリエンテーション)の一つで「他者に恋愛感情を抱かないこと」。アセクとは、性的指向の一つで「他者に性的に惹かれないこと」。そして、「どちらの面でも他者に惹かれない人」をアロマ・アセクと呼んでいる。

 2回目まで見た感想だが、恋愛することが当たり前(恋愛至上主義)で、恋愛しない男女は変人扱いされる時代に、恋愛しなくても幸せな人生・家族関係を築けるのではないか、とコミカルなドラマで問い掛けながら、ステレオタイプの考え方に疑問を呈するのはいい。世間にはいろんな人がいる。一度も恋愛経験がなくても、幸せな家族を築いた人も少なくないはずだ。しかし、アロマ・アセクという主観的で曖昧な概念で人を分類することの負の面も考えざるを得ない。

 主人公の女性が自分はアロマ・アセクと“カミングアウト”すると、妹の夫は「あれ、LGBT的な。授業で生徒に教えていますけど、おねえさん、あれですか」とリアクションする場面があった。テレビの影響力は大きい。

 例えば、会社の同僚に、結婚をせず異性と付き合いもしない人がいるとしよう。このドラマを見て、アロマ・アセクという言葉を知ると、「彼(彼女)はもしかして、LGBTではないか」と見る人間も出てこよう。言葉によって人を分類することは、寛容な心とは逆に偏見の目を生み、差別を煽(あお)る懸念もある。ただ恋愛経験がないだけで、「自分はアロマ・アセクだ」と自己定義してしまい、生涯結婚しないと決め込む人も出てこよう。

米国伝来のノウハウ

 NHKはこれまでに「ポリアモリー」(複数の相手と同時期に性愛関係を結ぶ人)のドキュメンタリーを含め、さまざまな性的少数者を登場させてきた。今回はコメディー・ドラマだが、映画やドラマを使って、人の感情に訴えるのは米国から伝わったLGBT運動のノウハウの一つ。それがある程度成功した米国は今、社会の分断で苦しんでいる。

(森田清策)