コロナ対策に不断の見直しと改善の必要印象付けたNスペ「緊急対話」

◆ゼロコロナでは破綻

 新型コロナウイルスワクチン接種の進捗(しんちょく)状況から日常をどの程度まで取り戻せるのか、感染対策と経済回復の調整が微妙な時期を迎えている。これまでのコロナ禍の体験を踏まえ、19日放送のNHKスペシャル「新型コロナ 市民と専門家の緊急対話」は、特にコロナ対策で苦境に余儀なく立たされる市民が、これまでの対策の矛盾点や疑問などを訴え、専門家が答えながら課題に向き合おうとする意義あるものだった。

 政府新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長ら専門家4人と、ホテル、飲食店、ライブハウス経営者、こども食堂運営者、歌舞伎町に詳しい学生ライター、車椅子生活者など9人の市民らがオンライン双方向で対話する議論は幅広かった。

 市民側の発言で浮かび上がるのは、一つに日本政府の対応が乏しくて鈍いと受け止められていることだ。従業員ともども給料が減り続けているという沖縄のホテル経営者・中村聡氏は、「公務員、偉い先生方、たぶん給料変わっていないでしょう。この差が判断、危機感に大変差が出てきているのも事実だと思う」と窮状を訴えた。

 さらに、「経済をここまで落として、どうやって復活させるのか。ウィズコロナという言葉がいつの間にか消えて、コロナを撲滅しなければと言う感じになっているが、そんな悠長な状態ではない」と手厳しい。感染急増の局面では医療逼迫(ひっぱく)が何度も報道されてきたが、同時に人の行動や営業を制限して「密」を避ける対策で経営逼迫、閉店も各地で延々と起きている。

 尾身氏は「私たちはゼロコロナの発想は全くない。…感染をゼロにすることを目的にすると破綻する」と述べ、「経済へのダメージを少なくする方向に舵(かじ)を取る時期」にきていると見解を語った。

◆対策遅い日本の原因

 ライブハウス経営者の加藤梅造氏は、英国の全面的規制解除、ワクチン接種完了などを条件とした米ニューヨークのブロードウェイ観劇の再開に触れ「なぜ外国でできて日本はできないのかずっと考えている」と吐露し、司会のアナウンサーも「なぜ日本は遅いんでしょう」と専門家に問い掛けた。尾身氏は「日本はまだワクチンの途上にある」と答えた。が、専門家は政治的な発言を控えている。

 国家緊急権が憲法にない日本で法制化した緊急事態宣言が海外と違って自粛要請でしかないように、まして事後対処の法整備では与野党関係に左右される弱点がある。旧憲法には前時代的だが、緊急勅令、戒厳令、非常大権、緊急財政措置の緊急事態条項があった。特に緊急財政措置は重要なはずだ。

 今年に入って20日余りしか営業ができていないという飲食店経営者・山下春幸氏は、海外に持つ店舗について米カリフォルニア州の場合は「1店舗あたり約1億円のお金が出た」と述べ、従業員や家賃など必要な経費を払った分には基本的に返済しなくてもいいと経済対策に大きな差があることを指摘していた。

 これには分科会の小林慶一郎氏も日本の補償額が少ないことを認め、「マイナンバーと銀行口座をひも付けて、個人の所得がリアルタイムで分かるなら、所得が急に減ったときに政府から支払いができる。英国がそういう制度を持っている」と述べる一方、プライバシーの問題に触れた。「遅い」給付を教訓に政府はマイナンバーカード付与をデジタル庁開設と並行して進めたが、申請は国民任せのため、まだ人口の半分程度で口座ひも付け以前の段階だ。

◆有事に弱い政治主導

 感染症など有事が発生してからでは、憲法から見直す時間はなく、法整備も1国会、あるいは国会をまたぐ審議が続く。緊急時に弱い政治主導しかできない日本では、時に法ならぬ「自粛」で国民が我慢し、緩い対策を見直すため不断の意見聴取、改善の繰り返しという漸進的な取り組みをするしかない。その必要を印象付ける市民と専門家の対話だった。

(窪田伸雄)