大村知事リコール不正問題で有効署名の民意から焦点外す「クロ現」
◆運動員が不正を公表
愛知県の大村秀章知事のリコール・解職請求に向けた署名の多くが偽造された疑いがあるとして、同県選挙管理委員会が同県警察本部に告発した問題について、18日放送のNHK「クローズアップ現代+(プラス)」が「“リコール不正署名問題”の深層」と題して扱っていた。
「不正署名」の言葉を耳にするとき記憶に新しいのは、米大統領選挙で新型コロナウイルス対策のため大量に増えた郵便投票における「不正投票」をめぐる混迷だ。選挙もリコールも政治の戦いであり、不正疑惑があればどちらに有利不利もなく、民主主義システムが機能不全に陥る。
県選管が審査したところ、署名43万5000人分のうち約36万2000人分が有効と認められないという。番組は「民主主義の根幹を揺るがす」と警鐘を鳴らし、不正な署名の実態を追っていた。
署名された住所を訪れた家の住人に確認すると、既に死亡している、あるいは自分は署名を書いていないなどと答える人、極め付けは佐賀県内で名簿の氏名・住所を書き写すアルバイトをした大学生から匿名で証言を得ていた。
ただ、署名に偽造を疑い、不正を公表したのはリコール運動をしていた人々だ。整然と同じ筆跡で書かれた住所、氏名の署名は、誰が見ても同じ人が書いたとしか思えないものだ。番組はアルバイトを雇う発注書からリコール運動の事務局の責任ある人物に疑いを掛けていた。
◆台無しにされた運動
このような不正の証拠を突き付けられ、「高須クリニック」院長でリコールの会の高須克弥会長、運動を支援した河村たかし名古屋市長が矢面に立ち、番組に「そんな汚いこと嫌いです…責任を取る。逃げも隠れもしません」(高須氏)、「申し訳ない。本当に情けない…こんなこと犯罪ですから」(河村氏)と謝罪し、関与は否定していた。
これでは、残る約7万3000人分の有効とされる署名までも全部「不正」とされかねない。実際、番組は「43万5000人もいるという水増しされた民意が、あたかも本物であるかのように受け止められるおそれもあった」と指摘したのである。
しかし、同じ筆跡の署名を大量に選管に提出しても審査が通るとは考え難い。ゆえに徒労だ。リコールの住民投票は有権者の3分の1の署名を集めることによって請求できる。愛知県では86万人であり、選管は請求を満たす数の署名が集まってから審査をするところ、リコール運動員からの不正の公表もあって審査されたので、本当の署名の数が確認されたとも言える。
真面目に署名した住民にとっては、自らの民意を台無しにされた思いに違いない。その意味の「民主主義の根幹を揺るがす」側面もあろうが、番組はもっぱらリコールの会への不正追及の側面が強かった。代わりに不正を疑い軽視されかねない署名問題については、別の町の町営病院運営に対する住民運動に焦点を移したのである。
◆疑いの余地を無くせ
昨年8月に始まったリコール運動のきっかけは、一昨年に開催された国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」だ。昭和天皇の写真をバーナーで燃やした灰を踏み付ける動画、元慰安婦を象徴した「平和の少女像」などが展示され、抗議が殺到したことが発端だった。
文化庁は同芸術祭への補助金交付を見送り、「補助事業の申請手続き上、不適当な行為だった」とした。これに同芸術祭実行委員会会長の大村氏は「承服できない」と怒りを発した一方、同会長代行の河村氏は「文化庁の判断は至極まっとうだ」と評価するなど、展示物と公費をめぐり対立を深めたいきさつがある。
リコールは選挙結果をひっくり返す住民の挑戦であるから、政治感情が渦巻く。いわば民意の分断が起きるわけだ。ハードルが高くなるとしても署名を疑いの余地のない本人確認の仕組みに見直すべきだろう。
(窪田伸雄)