国連科学委の福島原発事故の報告書を小さくしか扱わぬ愚鈍な各紙
◆健康被害認められず
これはどう考えても新聞の1面トップものだ。そう伝えるべき内容がある。それが目立たない中面や短報。報じないのもあった。ああ、鈍なるかな、日本の新聞―。
いささか大げさに聞こえるかもしれないが、そう嘆息せざるを得なかった。何のニュースかというと、国連科学委員会が3月9日に公表した福島第1原発事故に関する2020年版報告書のことだ。住民への影響について「放射線に関連した将来的な健康影響が認められる可能性は低い」と指摘し、甲状腺がんについても被曝(ひばく)が原因ではないとの見解を示した。
科学委は欧米日など27カ国の科学者らで構成し、最新の知見を基に報告書を作成した。同委は1986年のチェルノブイリ原発事故では被曝の影響で子供の甲状腺がんが増えたと結論付けている。今回の報告書は、「フクシマはチェルノブイリとは違う」との明確なメッセージだ。
これを朝日は10日付3面、読売は同2面、毎日は同夕刊の短報、日経は紙面になくネット版のみ、産経にはない。なぜ、かくも小さく扱うのか、その編集センスを疑う。
科学委のギリアン・ハース議長は「報告書が、福島の人たちの安心につながることを強く願う」と述べ、明石真言・東京医療保健大教授(被ばく医療)は「独立した国際組織が示した今回の報告書の内容を、福島だけでなく、日本中の人に知ってもらいたい」と話している、と朝日にある。
報告書は福島の安心につなげてほしい、日本中に知らせたいとの科学者の熱い思いから事故10年の節目に合わせて公表された。それを肝心の日本のメディアがソデに振っているのだ。何とも情けない。
◆風評被害の元凶朝日
今、最も深刻なのは風評被害だ。ばら撒(ま)いたのは一部メディア。「子供の奇形が増える」などと煽(あお)り立て、広島で被爆した共産党医師を担ぎ出して「全身衰弱『ぶらぶら病』福島で出ても不思議はない」(毎日2012年1月12日付夕刊「特集ワイド」)とか、放射線被曝で鼻血が出た人が多数いる(漫画『美味しんぼ』)といったウソ話を流した。
専門家らは非科学的と指摘したが、朝日は「『是非』争うより学ぼう」(14年5月14日付社説)と、はぐらかした。是非を争わないとは真実から目を逸(そ)らすことだ。虚偽を正当化するに等しい。朝日綱領には「真実を公正敏速に報道」とあるが、これもウソっぱちか。ちなみに福島県相馬郡医師会が住民延べ3万2千人余りを調べたところ、事故前に比べて鼻血が出るようになった人は1人もいなかった。
県の妊産婦調査では先天奇形や先天異常の発生率(事故後8年間)は全国平均より低水準だった。チェルノブイリでは1万9千人以上が甲状腺がんになった。福島県では事故当時18歳未満の約38万人のうち、がん疑いは252人で203人が手術を受けたが、「放射線の影響とは考えにくい」(県専門家部会)。検査しなければ生涯気付かない、治療の必要のないがんまで見つけた「過剰診断」の可能性が高い。チェルノブイリの影響とは雲泥の差だ。
ところが、朝日は相変わらずだ。「チェルノブイリを伝える」と題する夕刊解説を3月8日付から5回掲載し、「福島もチェルノブイリも続けてほしい」と「過剰診断」を煽り、反原発・反核を唱えている(12日付夕刊)。これこそ風評被害をもたらす元凶だ。
◆遅れても詳細報道を
福島県の「健康調査」アンケートでは「被曝によって子や孫の世代に健康影響が出る可能性」について35・9%が「非常に高い」「高い」と回答している(読売3月7日付)。不安は科学的知見をいくら知らされてもそうそう消えない。だからこそメディアには真実を報じ続ける責任がある。
国連科学委の報告書はその責任を果たす絶好の機会だったが、逸した。だが、速報だけが報道ではない。遅れても詳細を伝えれば、愚鈍とは呼ばれまい。風評被害に立ち向かう新聞よ、出でよ。
(増 記代司)