「家族」重視の改憲派にとって「鬼滅」人気は追い風、保守紙は目を覚ませ
◆作品の通底に「家族」
劇場版アニメ「鬼滅の刃(やいば)」の人気ぶりは、あらゆるメディアで報じられ、ちょっとした社会現象になっている。朝日11月27日付テレビ番組欄の「記者レビュー」は「鬼滅」の主人公、炭治郎を演じる人気声優の花江夏樹氏に密着したTBS系「情熱大陸」(22日放映)を紹介していた。
花江氏は高校生の時、母を亡くし、「三日三晩泣き続けた。その時の気持ちはすごく鮮明に覚えていて、…大切なものが無くなってしまうシーンとかは、今も思い出しながら演じていますね」と語る。炭治郎は家族を殺された悲しみを抱え、鬼になった妹を人間に戻そうとあがく。「その叫びが心を打つのは、花江の家族への思いがあるからだろう」と記者は書く。タイトルに「『鬼滅』声優の家族愛」とあった。
先週、終了したNHKの朝ドラ「エール」もまた、戦前戦後を貫く「家族愛」と「絆」が視聴者を引き付けた。いずれも通底に「家族」があった。「鬼滅」の社会現象は「家族」への回帰現象なのだろうか。
旧民主党が政権を獲得した2009年8月の総選挙で、宮本太郎氏(現中央大学教授)が争点についてこう指摘していたのを思い出す。「脱官僚の延長に『個』を単位とした社会を展望する民主党か、家族や地域、業界など人のつながりを大事にする社会を作る自民党か。これは一つの争点となる可能性がある」(毎日09年7月30日付)
言ってみれば、「個」対「絆」の戦いだった。09年総選挙は「個」が勝ったが、11年の東日本大震災で「絆」を取り戻し、12年総選挙では「家族・絆」の自民党が圧勝、政権を奪還した。それを継承する菅義偉首相が就任会見で、目指す社会像として「自助・共助・公助、そして絆」を挙げ、その絆の中心に家族を置いたのは当然だろう。
◆児童虐待は家族問題
朝日は何かにつけて「個」を振りかざし「家族」を戦前に逆戻りさせる元凶とばかりに批判してきた。その紙面に「家族愛」が載ったが、所詮(しょせん)、テレビ番組欄。政治面や社説が「家族」を取り上げることは他紙も含めて滅多にない。
例えば、児童虐待。虐待が社会問題化し20年前に児童虐待防止法が制定されて以降、相談件数は増え続け昨年度、児童相談所(児相)の対応案件が20万件近くに上った。
これに対して朝日は「児相の体制強化を急げ」(11月19日付)、読売は「相談所の態勢強化を急ぎたい」(26日付)、毎日は「質量ともに体制の強化を」(28日付、いずれも社説=産経は扱っていない)と、まるで金太郎飴(あめ)。中身も似たり寄ったり。もっぱら焦点を当てるのは児相の強化策。「家族」はわずかに触れるだけで、まるで蚊帳の外だった。
もとより児相の強化は必要だろう。だが、それだけで済ませられない。虐待の半数以上を占めているのは、子供の前で親が配偶者に暴力を振るう「面前DV(家庭内暴力)」などの心理的虐待だ(産経21日付)。はっきり言って児童虐待は「家族問題」だ。
◆左派の攻勢受け沈黙
「個」の朝日が「家族」を取り上げたくないのは分かるが、保守紙の不甲斐(ふがい)なさはどうだろう。リベラル勢力の「家族潰(つぶ)し」(夫婦別姓や同性婚など)の攻勢に身を引いて沈黙しているふうに見える。
かつて読売は「児童虐待など社会のひずみが象徴的に表れている家族の問題」が重要とし、憲法24条に新たに「家族は、社会の基礎として保護されなければならない」との条文を盛り込む2004年読売改憲試案を発表した。
そこでは児童虐待を「家族問題」と捉えていた。同案は過剰な個人主義から健全な家族主義への回帰へ一石を投じた。それに続いた産経の改憲案(「国民の憲法」要綱=13年)も「家族を軽視する風潮が離婚や孤独死の増加を招いてきた」とし、国や社会による家族の尊重、保護規定を設けた。
「鬼滅」が「家族愛」の感動をもたらすのは、改憲派にとって追い風のはずだ。保守紙は眠っていてはいけない。
(増 記代司)