中国の原発は容認し日本の原発は否定する朝日のダブルスタンダード
◆しわ寄せ受ける弱者
「エネルギーが不足した時にまず第一にしわ寄せを受けるのは(社会の)下積みの人たちです」
かつて朝日新聞に大熊由紀子さんという科学部記者がいた。同社初の女性論説委員も務めた人で、原発容認論者として知られた異色の記者だった。1979年の米スリーマイル島原発事故の直後、朝日新聞労組の集会に呼び出され、原発推進論を糺(ただ)されたが、毅然(きぜん)として容認論を貫いた。冒頭の言はその時のものだ。
福島第1原発事故後、その考えに変わりはないかと後輩記者に問われた大熊さんはこう答えている。
「かわりません。エネルギーがあるから人工呼吸器も動く。エネルギーが乏しければ必ず弱者にしわ寄せがいきます」(朝日2012年1月18日付夕刊)
実に明快である。この発言を想起したのは今ほど、原子力エネルギーが必要な時はないからだ。福島第1原発の事故後、全国の原発が停止し、その代わりに1日約100億円も使って火力発電所の原油や天然ガスを輸入し、高い電気料金で弱者のみならず、企業も喘(あえ)いできた。
菅義偉首相は臨時国会で「2050年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロにし、脱炭素社会を実現する」と表明した。これを口実に弱者にしわ寄せがいく愚は避けてもらいたい。太陽光や風力、地熱などの再生可能エネルギーも結構だが、安定供給やコスト面で圧倒的優位な原発の再稼働が望まれる。
中国の習近平国家主席は9月の国連総会で、60年までに温室効果ガスを実質ゼロにすると宣言し、米大統領選で「勝利宣言」をしたバイデン前副大統領は、トランプ米大統領が離脱した地球温暖化を防止する「パリ協定」に復帰するとしている。欧州を含めていずれの国も具体的道筋を示さないが、原発を視野に入れているのは間違いない。
◆朝日に不都合な事実
ところが、朝日は千秋一日の反原発だ。先の習近平発言は「野心的な宣言」への期待を込めて9月27日付1面トップで報じ、2面にかけて長大の記事を載せたが、原発の2文字はなかった。それで産経抄は、中国は10年後に世界一の原発大国になる見通しなのに、それを書かないのは「原発ゼロの社論にとって、不都合な事実だからか」と皮肉っている(9月30日付)。
こう言われても朝日にとっては蛙(かえる)の面に水である。菅首相の脱炭素宣言に対して10月27日付社説は「目標実現の戦略を示せ」と要求し、「達成までの道のりは険しく、あらゆる手段を総動員して全力で取り組まねばならない」とするが、「あらゆる手段」から原発がこぼれ落ちている。
ニュースワイド面で1ページを割くシリーズ「環境 転換点2030 温暖化のリアル」(10月25日付から不定期掲載)でも原発の2文字はない。4回目「温室効果ガスゼロ 問われる覚悟」(11月22日付)は、「日本には現在、CO2を多く排出する石炭火力発電設備が162基あり、建設・計画中も17基ある」とし、「目標の実現のためには事実上、全廃する必要があるが、見通しはたたない」と言う。そんなことはない。33基の原発を稼働させれば、いくらか見通しは立つ。原発を抜くから計算できない。間抜けた話だ。それこそ覚悟が足りない。
◆原発無視は虚偽報道
原発を嫌うのは好き勝手、どうぞご自由に。だが、原発がまるで日本や世界に存在しないかのように書くのは虚偽報道だ。いったい世界で何基の原発が稼働していると思っているのか。実に31カ国450基(約4億キロワット)に上る。18カ国で新たに57基が建設中で、その2割は中国だという(世界原子力協会、19年1月現在)。
どうやら朝日は中国の原発は容認し、日本の原発は否定するつもりらしい。なるほど、中国の核兵器は容認し、わが国の核抑止力は否定するのと同様のダブルスタンダード(二重基準)か。大熊さんに続く気骨ある記者はいないのだろうか。
(増 記代司)