「富岳」世界一でも日本のスパコンを使いこなす力の低下危惧する日経

◆霞んでしまった朗報

 香港の「一国二制度」の死を意味する中国による香港国家安全維持法の施行。このたびの中国・インドの衝突。中国の南シナ海における乱暴狼藉(ろうぜき)によるベトナム、マレーシア、フィリピン、インドネシアとの摩擦。わが国尖閣諸島周辺での連日の領海侵犯。それに世界的災禍を招いた中国・武漢ウイルス禍発生後の情報公開の致命的遅れなどなど――。今、世界のニュースをさらっている中国の威圧的な覇権主義は「諸悪の根源」だと言っても、さしつかえあるまい。

 例えば、中印衝突について、櫻田淳氏の「真相は定かではない」としつつも「中国がたとえば南シナ海のような他の係争海域で示してきた対外姿勢を踏まえれば、中印国境のヒマラヤ山脈地帯でも似たような対外姿勢が採られたであろうと類推するのは、決して難しくない」(本紙「ビューポイント」6月30日付)との判定は、尖閣領海での中国の狼藉に直面する日本人にはよく理解できることである。

 こうした記事や論調が紙面をにぎわすことで、本来もっと大きく採り上げて喜びたい朗報が少し霞(かす)んでしまったのは残念である。理化学研究所と富士通が共同開発した新型スーパーコンピューター「富岳(ふがく)」(神戸市)がスパコンの計算速度の世界ランキング「TOP500」など四つの世界ランキングで4冠達成の快挙を成し遂げたのだ。日本のスパコンが世界1位となるのは2011年の6、11月と連覇した理研の「京(けい)」以来の約9年ぶり。改めて日本の技術力の高さを世界に示したのだ。

 だが、発表翌6月23日の朝刊で、この快挙を第1面に掲載したうち、トップで扱ったのは日経と本紙だけ。毎日は中面の掲載である。社説も朝日、毎日は7月1日現在、掲載していない。

 ここで、もう半ば忘れられたであろう「事業仕分け」という言葉を思い出した。民主党政権下で一時、脚光を浴びたが、今は流行(はや)らない。この時、次世代スーパーコンピューター開発の予算削減で、某仕掛け人が「2位じゃダメなんでしょうか?」と斬り込んで、返り討ちに遭ったのを覚えている人もおられよう。富岳はこういう理解のない人の壁をブチ破って、再び世界一に輝いたのである。

◆使い勝手の良さ評価

 とはいえ、何でも金メダルと単純に喜ぶだけの時代はとうに過ぎ去った。それだけに新聞論調も、快挙については「科学技術の底力をみせてくれた」(日経社説6月24日付)、「わが国の科学技術の底力を見せつけた」(本紙・同30日付)、「米国と中国の2強時代が続いていたスパコン開発で、日本の科学技術とものづくりの『底力』を世界に示した」(産経主張30日付)と控えめにたたえる。

 計算速度だけでなく、AI(人工知能)の処理能力やビッグデータの処理で重要なグラフ解析の能力など富岳が4冠を得た意義について読売(社説28日付)は「京がランキングを意識して設計されたため、使い勝手が悪かった」。そのため「企業の利用が十分に広がらなかった」ことを教訓に「富岳は幅広いソフトが使えるように設計された」と、その開発姿勢を高く評価した。これに関連して本紙も、富岳がCPU(中央演算処理装置)開発を「英半導体設計大手ARMと共同で行う手法を採用。世界で普及するARM仕様は汎用性が高く、多数の企業や研究機関がアプリ開発に参画でき、富岳が国内外で広く使用されるようにした」と指摘。こうして富岳は使い勝手の面で劣った京を「克服した」と強調した。現下のコロナ禍中で本格的運用が始まれば「新たな薬剤・ワクチン製造や治療法の開発をはじめ、自動車の安全性の向上など、産業界での数知れない応用ができるようになる」(本紙)ことが期待されるのである。

◆落ち込む科学技術力

 一方で、富岳の快挙を単純に喜べないとする問題提起もある。「影響力のある論文の数や大学ランキングからみると、この10年で日本の科学技術力の落ち込みが目立つ」「富岳は使いやすさを追求しているが、スパコンを使いこなす力が弱っている」ことを危惧。今回、産業用途に適した性能でも1番だった「能力を最大限に引き出すように産学が協力すべき」(日経)ことを強調する。産経も「官民の連携、産学協力のあり方を抜本的に見直し、緊密で機動的な関係」の構築を訴える。将来を見据えた重要な指摘だ。

(堀本和博)