「緊急事態条項」を語らず改憲論議を自ら封印した読売の「緊急提言」
◆パンチ力乏しい内容
新型コロナウイルス禍を受けて読売が7項目の緊急提言を発表した(22日付)。編集局や調査研究本部、論説委員会の専門記者が検討を重ね、有識者へのインタビューを踏まえ策定したという。
内容は「PCR検査能力を1日10万件に」「資本注入ためらわず大胆に」「国による手厚い財政支援」など、これまで指摘されてきた対策の「総まとめ」といった趣だ。それだけにパンチ力に乏しい。
例えば、「首相直属の本部を設けよ 感染防止と経済再生を両立」の項では「感染症対策は、国を挙げた危機管理でもある。感染症担当相を常設ポストとして、内閣官房に強力な事務局を置き、補佐する体制が欠かせない。事務局トップに感染症対策危機管理監(仮称)を置き、政府の取り組みを国民に丁寧に説明するべきだ」とする。
「国を挙げての危機管理」を内閣官房の“いじり”だけで済ませているのはいささか心もとない。読売自身、こう言っていたではないか。
「東日本大震災をきっかけに、米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)にならった組織を作るべきだとの議論が起きたものの、立ち消えとなった。今回も、感染症分野では世界的に知られる米疾病対策センター(CDC)にあたる組織の創設を求める声が上がっている」(9日付「政治の現場 危機管理」11)
こうした議論や声はどうするのか。それに憲法に緊急事態条項が欠落しているのを見逃しておくのか。東日本大震災が発生した際、自衛隊の制服組トップの統合幕僚長だった折木良一氏は産経のインタビューでこう語っている(16日付)。
「コロナや東日本大震災では想定していなかった問題がたくさん出てきたが、何とか対応できた。一方、首都直下地震が起きれば被害予想をはるかに超える混乱が起きるだろう。全てを想定できない以上、国民の生命確保を優先するために緊急事態条項は必要だ」
ところが、今回の読売提言は緊急事態条項を語らず、改憲論議を自ら封印してしまった。これこそ護憲派の思うつぼではないか。もっとも読売としては「緊急提言」だから、「取りあえず」といった気持ちが働いているのかもしれない。だが、それでは読売の「提言報道」が泣く。
◆過去に憲法改正試案
提言報道は「読売新聞の挑戦」と位置付け、独自の問題提起を試みるものだ。同社のホームページを開くと、提言報道について「言論機関として新たな境地を開くとともに、時代の羅針盤としての役割を果たしてきたと自負しています」とある。
最初は1994年1月の「読売憲法改正試案」で、それを皮切りに過去に28回の提言を行ってきた。94年の改憲試案では自衛隊の存在を明確に位置付け、「国際協力」に関する条項を新設したが、緊急事態条項は設けなかった。
翌95年に阪神大震災と地下鉄サリン事件が起こると、それを踏まえて2000年5月の改憲2000年試案では外部からの侵略や大規模災害に万全な対応ができるようにするとして新たに緊急事態条項を設けた。
その内容も読売のホームページに載っている。「内閣」の章の中で、試案89条「緊急事態の宣言、指揮監督」、90条「国会承認と宣言の解除」、91条「内閣総理大臣の緊急措置、基本的人権の制限」と子細にわたる。ちなみに04年5月の改憲2004年試案では、新たに「家族は、社会の基礎として保護されなければならない」(試案27条)との家族条項を設けた。
◆骨太の「提言報道」を
それだけに29回目となる今回の提言は「時代の羅針盤」というにはあまりにも小手先で、かつ過去の提言を生かしていないところが何とも物足りない。コロナ禍で耳にタコができるほど「緊急事態」が叫ばれながら、同条項を語らないのは不作為である。読売には骨太の「提言報道」を望みたい。
(増 記代司)