サウジの未来都市「ネオム」開発で住民とのトラブル糾弾する英紙
◆外貨獲得へ観光開発
サウジアラビアは北西部の紅海沿岸に5000億㌦(約53兆円)を投じて未来都市「ネオム」を建設する計画を進めている。ところが、建設予定地に住む部族との立ち退きをめぐる対立から、活動家1人が治安部隊に射殺される事件が起き、都市建設に反対の声が上がっている。
イスラム法が厳格に適用されてきたサウジで、事実上の実権を握るムハンマド皇太子は、女性の権利の拡大など、人権を重視する政策を進めてきた。一方で「ビジョン2030」構想の下、経済の「脱原油」を進めている。ネオムはこの構想の「コーナーストーン(礎石)」(ネオムのサイト)となるものであり、観光開発で世界の富裕層を呼び込み、外貨を獲得することが狙いだ。
外国人労働者やメッカ巡礼以外の外国人の入国を拒んできたサウジにとっては、観光地建設は大変革だ。
英紙ガーディアンによると、建設地の面積はベルギーの国土に相当するという。日本でいえば千葉県4個分に相当する広さだ。しかし、米ニュースサイト、ハフポストによると、この地には1932年のサウジ建国前からフワイタト族約2万人が住んでいる。殺害されたのも、フワイタト族の一員で、ネットなどを通じて、ネオム建設による立ち退きに抗議していたという。
ガーディアンは、「人工の月、空飛ぶタクシーなど、ネオムは人類の次章と言われてきた。しかし、その派手な化粧板の裏にあるのは、脅迫、強制排除、流血だ」とサウジ政府の進める強引な土地収用を非難している。
英ロンドン在住の活動家でフワイタト族出身のアリア・ハエル・アブティヤ氏は同紙に「ネオムは私たちの血と骨の上に建設されている。既にそこに住んでいる人々のためのものではなく、観光客、金持ちのためのものだ」と当局の住民への対応を非難する。
◆「見せしめ」で殺害か
射殺されたのは、アブドゥルラヒム・フワイティさんで4月13日のこと。ネットに動画を投稿し、当局による強制的な立ち退きを批判、「抗議行動の顔」となっていたという。
殺害される直前の動画では、「私を殺そうと警察が踏み込んできても、驚きはしない。武器は持っている」と生々しい様子を伝えている。
サウジ当局は、治安部隊との銃撃戦で死亡したと発表したが、アリア氏は「見せしめのために殺害した。口を開くものは皆、同じ扱いを受ける」と訴えた。
一方、ネオム諮問委員会のアリ・シハビ氏は、「サウジでは、国民は立ち退きを受け入れるものであり、これまでも気前のいい補償が行われてきた」と政府の対応を擁護するが、どれくらいの数の住民が、いつ補償を受け取るかについては知らないと述べている。
ハシビ氏は、ムハンマド皇太子と親交があり、サウジのニュースサイト「アラブ・ニュース」によると、米ワシントンのシンクタンク「アラビア財団」の創設者で、作家、コメンテーターとしても活躍している。
サウジの人権団体、アルクストのジョシュ・クーパー氏はネオムについて「開かれた、経済的、社会的に自由な新生サウジという観点から見ると、国内のエリート、国際社会に向けられた虚栄のプロジェクト」と指摘、「これらの意思決定プロセスに、現地の関係者、利害は考慮されない」と立ち退きへの政府の誠意ある対応を求めている。
◆口つぐむ日米投資家
一方でハフポストは、「皇太子の厳しい対応に国外の裕福な友人らは懸念を抱くはずだ」と指摘、諮問委員会に発足当初から名を連ねる日米などの9人の投資家らが、活動家の死について口をつぐんでいることに懸念を表明した。
諮問委員会が発足したのは2018年。ハフポストによると、サウジ人記者ジャマル・カショギ氏がトルコで殺害された日からわずか1週間後だ。「世界は、皇太子の暴力に慣れてしまっているようだ」と真相の究明を求めるものの、巨額の富を前に国際社会の動きは鈍い。
(本田隆文)