まったく縁もゆかりもない人だけど、6年前…


 まったく縁もゆかりもない人だけど、6年前から毎年10月1日になると思い浮かべて冥福を祈る人がいる。村田奈津恵さん(享年40)。平成25年のこの日、横浜市緑区のJR横浜線の鴨居-中山間の川和踏切で、倒れていた線路上の男性(74)を助けようと車から駆け出して行き、電車にはねられて亡くなった人である。

 新聞記事などに大きく取り上げられた事故だから、記憶に残っている人もおられよう。わが身を顧みないで人を助けようとした、とっさの行動に、強く心を揺すぶられたのを覚えている。

 以前にはJR山手線の新大久保駅で、日韓の男性2人が線路に落ちた人を助けようとして死亡したという事故もあった。命が失われるという重大な犠牲を伴ったが、どちらの事故も無謀だとは言い切れない崇高さに打たれ、心の整理がつかなかった。

 おそらく自分だったら身がすくんで何もできなかったに違いない。そう思うと、行為の気高さがいっそう際立つ。

 芥川喜好氏は「他人のことなど眼中にない時代、目前で起きた人ごとに前後を考えず突進した無謀はまさに『無私』であり、深いところで人間への信頼をつなぎ留めてくれたのだ」(読売・同年12月28日付)と、心からの「ありがとう」を言う。同感したい。

 取材を離れ、事故の翌日から設けられた献花台に、その死を惜しむ多くの人に交じってささやかな花束を手向けた。奈津恵さんの冥福を祈ったのをいつまでも忘れないでいたい。