作家の沢木耕太郎氏が、JR東日本の車内誌…
作家の沢木耕太郎氏が、JR東日本の車内誌「トランヴェール」8月号の巻頭エッセー「旅のつばくろ」で「書物の行方」と題する一文を寄せている。軽井沢の堀辰雄文学記念館を訪ね、堀が亡くなるまで完成を心待ちにしていたという書庫を見ての感慨が語られる。
記念館を出た後、近くの古書店にふらりと入って店の人と話をする。店の番頭さんは、今古書業界は供給過剰で仕入れに困ることはないという。
そして「六、七十代の男性がいっせいに本を処分なさろうとしているせいです。この方たちが紙の本を大量に買った最後の世代なんだと思います」という番頭さんの言葉を載せている。最近の古書の値段の安さにはそういう理由があったのかと妙に納得させられた。しかし、「最後の世代」というのは寂しい。
本への一種の思い入れを持つこれら世代も、そろそろ整理しなければならない年代ということなのだろう。本の処分には決意がいる。繰り返し読みたいと思う本はそう多くはないのだが。
そこで思い出したのが、ある高名な編集者が教えてくれた「本を売ると4人が喜ぶ」という故渡部昇一氏の言葉。「本を売るとまず妻が喜ぶ。そして古本屋、それを買った人、そして本自身が喜ぶ」。
家の中を本が占拠していることを快く思わない妻が喜ぶのは分かるとして、本自身が喜ぶというのは、なるほどと思わせられた。できるだけ多くの人に読んでもらいたいというのが本の気持ちだろう。