奈良の都、平城京の心臓部だった平城宮跡…


 奈良の都、平城京の心臓部だった平城宮跡歴史公園に行って驚いた。復元された大極殿の南側に、工場のような大きな建物が二つ建っていたからだ。実はこれ、昨年から本格復元工事が始まった南門のための施設。

 大極殿は天皇の即位や元日の儀式など重要な行事が行われた舞台である。第一次大極殿院の復元事業は、南門のほか、南北約320㍍、東西約180㍍の築地回廊を当時のままに復元し、往時の都、宮殿の壮大さ壮麗さを体感してもらおうというものだ。

 建設中の南門は高さ30㍍の覆屋にすっぽりと覆われている。その中で復元工事が行われており、見学者用のデッキも設置されている。北側には、建設用の木材を環境にならし、柱その他の部材に加工する場所がある。

 近くにある復元事業情報館で上映されていたビデオによると、復元は当時と同じ建築素材を使用するだけでなく、工具も手斧(ちょうな)や槍鉋(やりがんな)など当時の物を使う。敷地を囲む築地回廊も、土を搗き固める版築という古代の方法で復元するという。全部人力でやるのだから、気の遠くなるような作業だ。

 木材を丸柱にする時など、最初八角形にし、さらに角数を増やして、少しずつ円形に近づけていく。これを手斧でやるのは大変な根気と技術を要する。

 平城宮を往時のままに再現するには、必要なことなのだろう。また、伝統的な工法や、木の文化を後世に伝え継承させるという狙いもあることを忘れてはならない。