「戦後の日本の作家の中で、彼女(山崎豊子…


 「戦後の日本の作家の中で、彼女(山崎豊子/2013年没)ほど『男らしい男』を造形しえた小説家はいない」と、社会学者の大澤真幸(まさち)氏が書いている(『山崎豊子と〈男〉たち』)。

 典型が『白い巨塔』の戝前五郎だ。この作品は今月、テレビドラマとして放送された(テレビ朝日系列)。戝前は強い権力志向の男だ。医学部の教授選、医療事件の裁判といった場面で、自身にとって有利な立場を確保するために、関係する他人を平然と踏みつけにして顧みない。

 その男の栄光と挫折の物語だ。「戝前」という名前も「財(権力)」を「前」にして挫折する男という意味を持つ。

 権力といっても、教授選と医療裁判だから、天下国家と直接関わるわけではない。それでも、戦後の文学は「男らしい男」を描くことができなかった。強い権力志向を持った人物を描くだけの用意が文学者の側になかったためだろうか。結果として、山崎以外にそうした人物を描く作家がいなかったとする大澤説には同意するしかない。

 原作が週刊誌に連載されたのは1960年代。半世紀以上も前のことだ。この時代は、令和の今よりは露骨な上昇志向を持つ人物が多かったようだ。

 国家権力であれ大学権力であれ、権力にはある種の「どす黒さ」がどうしても付きまとう。それを、登場人物の具体的な行動を通して描き出す女性作家の力量は並大抵のものではない。何度かにわたってドラマ化されるのは当然だ。