岩波文庫といえば、東西の古典や学術書…


 岩波文庫といえば、東西の古典や学術書などを中心に、日本の教養主義を牽引(けんいん)してきた。かつて旧制高校の学生は読了した岩波文庫を積み上げてその高さを競い合ったという。

 一方で『きけ わだつみのこえ』改変や清朝最後の皇帝・溥儀の家庭教師を務めた英国人レジナルド・ジョンストンの『紫禁城の黄昏』の翻訳問題など、戦後は左翼的な偏向を指摘する声もある。その岩波文庫に昨年9月、『三島由紀夫紀行文集』、11月に三島の戯曲集『若人よ蘇れ・黒蜥蜴他一篇』が収められ、今月には東京オリンピック観戦記などが収録された『三島由紀夫スポーツ論集』が加わった。

 昭和45年、東京・市谷の陸上自衛隊東部方面総監部に乱入し、憲法改正を訴えて割腹自殺した三島の作品が岩波文庫に収められるとは。編集部の狙いを聞きたい気がする。

 その政治的主張や行動と、小説や戯曲で示した華麗な文学世界とは別物との判断なのか。いまのところ小説以外のジャンルに限定しているが、そのうち短編集あたりが出るかもしれない。

 令和となって昭和とくに戦後の作品も古典の仲間入りをする時代が来たということか。御代替わりが決まったあたりから、大江健三郎、開高健らの作品が岩波文庫から次々と出るようになった。この2人に加え三島という組み合わせに、その傾向性が見えるようにも思われる。

 今後、戦後の作品で何が入るのか。作家や作品の評価の一助としても注目する価値はある。