「桑の実の落ちてにじみぬ石の上」(佐藤漾人)…
「桑の実の落ちてにじみぬ石の上」(佐藤漾人)。子供の頃、母方の実家へよく遊びに行った。庭にはキュウリやナス、カボチャ、白菜、ネギなどの野菜と少しばかりの花が植えられ、その向こうの畑は一面、桑の木だった。
その頃は、なぜ食べられない桑ばかりが植えられているのか不思議だった。リンゴやナシ、モモを育てればいいのにと思った。
もちろん、桑の木がたくさんあったのは蚕のエサの葉を収穫するためだった。家の一室には蚕棚があって、無数の白い幼虫が朝から晩まで一日中、葉を咀嚼(そしゃく)する音がシャワーのように聞こえた。桑の木といっても、剪定(せんてい)されて背丈は1㍍ぐらいだった。
蚕から絹糸を取るのは知っていたが、幼虫はあまり好きになれなかった。春休みや夏休みなどに行っていたせいか、蚕は幼虫状態であることがほとんどで、サナギも成虫になったのも見た覚えはない。
赤黒い小さなブドウのような桑の実が不思議な甘さを持っていることを知ったのは、初夏に従兄に誘われて行った少し山奥の桑畑でのこと。
そこの桑の木は見上げるほどの樹木で、鈴なりに実がなっていた。辺りには実の蜜を求めてハエやハチなどの昆虫が飛び回り、うるさいほど。実を取る人もあまりいないせいか、熟し過ぎて落下して腐っているものも多かった。かつてはアケビやグミ、キイチゴなどの果実が山の至る所にあった。その豊かだった自然が今や記憶だけの風景でしかないことが寂しい。