きょうで東日本大震災から7年を迎える。…


 きょうで東日本大震災から7年を迎える。もう7年なのか、まだ7年なのか、受け止め方は人によって違うだろうが、被災の記憶が風化しつつある面と、いまだ生々しい傷として忘れられない面の両方があることは確か。特に、福島の原発事故による風評被害はなかなかなくならない。

 気流子も出身が福島県なので、震災は他人事(ひとごと)ではない。もはや両親は亡くなっていないが、時々故郷の兄弟や親戚から避難者の消息や地域の雰囲気などの話を聞く。故郷は被災地からは離れているが、当事者でなければ分からない思いがあるようだ。

 「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」(石川啄木)。かつて啄木は、ふるさとの言葉を聞くために上野駅を訪ねて行った。

 最近は震災関連のテレビ番組などで福島弁を聞く機会が少なくない。それでも生身の触れ合いをしたい時には、日本橋にある福島県のアンテナショップに出掛けたりする。

 ふるさとの物産とはいえ、案外知らないお菓子や名産があって驚かされる。そこで話される福島弁は、東北地方の他の地域の言葉とは微妙な発音の違いがあって懐かしさがあふれてくる。復興の足音が力強く前進していることをアンテナショップは感じさせてくれる。

 「水の過去水の未来に温みそむ」(稲畑汀子)。暖かな天気が続き、春を迎えようとしている。しかし、被災地では震災以後の本当の春はまだ先だということを忘れてはならない。