「やゝ寒し灯の澄み渡る時」(深川正一郎)…


 「やゝ寒し灯の澄み渡る時」(深川正一郎)。東京では本格的な紅葉にはまだ早いが、桜やその他の樹木の葉が色づき始めている。朝夕は肌寒いが、昼はまだ暑い日がある。

 読書の秋と言っても、読みたい本がたくさんあって選ぶのに困る。読書週間は27日から11月9日まで。

 本も文学書のようなものから人生の知恵を散りばめたもの、手軽にノウハウや知識を身に付けるためのものと種類がある。ただ最近では、若い世代は検索機能が優れたスマートフォンで情報を得ているようだ。その意味では、知識や情報のための読書は減ったと言える。

 しかし、知識を得るというのは読書の一面にすぎない。感受性や情操を育てる文学や哲学などの本を読むのが本来の姿と言っていい。このことがあまり顧みられなくなったのは残念だ。文学や哲学に触れることで、生きる指針や人生観を変える出合いができるからだ。

 読書は自ら進んでする人もいるが、人に勧められたり、学校の授業で取り上げられたりするのがきっかけとなる場合が多い。気流子が小学生の時、クラス担任の教師が毎日、昼食時間に1話ずつ民話を講読してくれた。

 その時は知らなかったが、この教師は知る人ぞ知る作家で、今でも著書を書店で見掛けるほど。毎日、民話を聞いているうちに物語の面白さに目覚め、それから図書館で本を借りるようになったのが気流子の読書のきっかけである。