今年も、村上春樹氏はノーベル文学賞受賞を…
今年も、村上春樹氏はノーベル文学賞受賞を逸した。ノーベル賞の場合、候補者は公表されない。本当に最終候補になったかどうかも、実は不明だ。
村上氏には『職業としての小説家』(新潮文庫)という著書がある。自分を語ることが滅多にない氏にしては、珍しく率直に自分について書いている。
最初の作品『風の歌を聴け』(1979年)は、「書くことがない」こと自体を書いた、と村上氏は告白している。自分には、戦争も、飢餓も、革命も、差別もなかった。「書くべきテーマ」なぞもともとなかった以上、テーマがないことについて書くしかなかった、というのが氏の出発点だった。
そのようにして村上氏の「物語」が書かれたのだが、それが読者の支持を得た結果、昨今のノーベル賞騒動に至っている。その間ほぼ40年、「書くべきテーマがない」という氏の立場は全く変わっていない。
逆にそのことが、ノーベル賞との相性の悪さとも関わってくる。ここ10年ほどのノーベル文学賞は、村上氏が本来関心を持たない戦争や差別をテーマにした文学者に光を当てる形で選考が行われているからだ。
村上氏が「ノーベル賞が欲しい」と言ったという話は聞いたことがない。半面、「ノーベル賞なぞいらない」とも話していない。『職業としての小説家』という表題も「物語」を職人のように書き続ける小説家に似つかわしい。そのこととノーベル賞の現状との距離が興味深い。