映画やテレビドラマでは、一度の素晴らしい…


 映画やテレビドラマでは、一度の素晴らしい演技を採用すればいいが、芝居では何度でもよい演技ができなければならない、と長谷川康夫著『つかこうへい正伝』(新潮社)という本の中に書かれている。

 その通りなのだが、これは舞台俳優の力量の確かさを語った言葉でもある。舞台俳優を鍛えるのは演出家だ。半面演出家は、全てを俳優に託すしかない。本番の舞台で役者がひどい演技をしても、演出家が怒鳴りつけることはできない。

 演出家は普通、舞台初日だけ劇場に来て、その後は来ないものだが、つかこうへい(2010年没、享年62)は千秋楽まで毎日やって来る。手直しが多いからだ。

 この伝記はこのほど第35回新田次郎文学賞を受賞した。突然変わるつかの演出に戸惑った俳優の一人でもある著者の困惑がよく描かれている。

 芝居だけではない。劇団内部の人間関係でも、協調と離反が繰り返された。つかはある意味天才だったのだが、著者のように最後まで行動を共にしたメンバーがいる半面、つかとは付き合い切れないメンバーがいたのも当然だ。

 役者を怒鳴る点では先ごろ亡くなった蜷川幸雄が有名だ。しかし蜷川の場合、怒鳴る対象は演技に限られていた。対してつかは、役者の人格も含めて非難した。結果、より人間的なレベルでのダメ出しとなった。毀誉褒貶(きよほうへん)いろいろだが、つか自身の濃厚な感触が、詳細なこの伝記から伝わってくる。