「頭を挙げて見ると、玉川上水は深くゆるゆると…


 「頭を挙げて見ると、玉川上水は深くゆるゆると流れて、両岸の桜は、もう葉桜になっていて真青に茂り合い青い枝葉が両側から覆いかぶさり、青葉のトンネルのようである。――」(太宰治「乞食学生」)。

 草木が成長し生い茂るという二十四節気「小満」の先週20日に、久しぶりに遠出して「風の散歩道」を歩いた。JR中央線の吉祥寺駅から吉祥寺通りを10分ほど井の頭公園沿いに歩くと玉川上水との交差点に、長さと幅ともに約16メートルの萬助橋がある。

 橋を渡って右折し、そこから上水沿いに三鷹駅まで800メートルほどの石畳風カラーコンクリートの歩道が「風の散歩道」。半分ほど歩いた所に、小説『路傍の石』の山本有三記念館の瀟洒な洋風建物や冒頭の一節を刻んだ太宰の銘板や彼の故郷(青森・五所川原市)の玉鹿石の無銘碑がある。

 付近には国木田独歩や彫刻家・北村西望の石碑などもあり、その文化的な雰囲気を楽しみ、武蔵野の薫風を受けながらの散歩は心を和やかにしてくれる。

 その上に今は白い手裏剣に見える山法師の白い花が見ごろに。上水の両岸は太宰が書くように川にかぶさる桜並木が青葉のトンネルをなすが、散歩道の方は山法師の並木に咲く白い花がまぶしい。

 10年ほど前に初めてこの道を歩いた時に、咲き重なる真っ白い花々を見上げて、まるで忍者の放つ白い手裏剣が尾を引いて飛んでくるような幻想に浸った鮮烈な記憶が蘇ったのである。