「藤棚に雨の暗さのあつまれり」(武藤和子)…
「藤棚に雨の暗さのあつまれり」(武藤和子)。葉桜になった道では、所々にタンポポやその他名も知らぬ春の花を見掛ける。きれいだなと思うものの、桜ほど感動することはない。
ところが、ある民家の庭の藤棚に出合った時、目が覚めるような衝撃を受けた。棚から垂れ下がった花は、それこそ美しい着物のようだった。
藤まつりを写真やテレビ番組などではよく見たが、実物は本当に幻想的なイメージである。花の咲いている辺りには、王朝文化の華やかな平安時代のような雰囲気が漂っていた。
花には、人間の心を慰める力があるということを改めて実感させられた。特に、藤の花は万葉集にも詠まれた植物で名歌も多い。「藤波の花は盛りになりにけり平城の京を思ほすや君」(大伴四綱)。これは大伴旅人が大宰府の長官として赴任した頃の歓迎の酒宴で詠まれたものではないか、という解釈がある。
いかにも当時の風景が目前に浮かぶような歌であり、それを贈られて旅人も郷愁に誘われたのかもしれない。返歌として「吾が盛りまたをちめやもほとほとに寧楽の京を見ずかなりなむ」と詠んでいる。
万葉の植物に詳しい中根三枝子さんは、著書『萬葉植物歌の鑑賞』で「この四綱の歌は、見方によってはすこぶる無神経な歌といえないこともない。『藤』は藤原氏ゆかりの花でもあった」と藤原氏に政争で敗れた旅人の複雑な心理を推察しているのは示唆に富む。