「文学全集」というものが1980年代ごろまでは…


 「文学全集」というものが1980年代ごろまではあった。『漱石全集』『●外全集』といった個人全集ではなく、漱石、●外から、太宰治、三島由紀夫、遠藤周作といった近代文学の作家100人ほどを網羅して、70~80巻の編成で刊行されるのが文学全集だ。

 編成については必ず揉める、と言われる。故人はともかく、現役作家としては、1人1巻の場合と2人で1巻の場合では、自分への評価が違ってくるので、簡単に後へは引けない。

 某社の全集では、佐藤春夫が1人1巻、久保田万太郎が2人で1巻となった。佐藤と久保田は共に三田出身でしかも犬猿の仲。佐藤の2分の1の扱いに怒った久保田は、全集への収録を拒否した。

 一方、井伏鱒二も2人で1巻だったが、弟子の太宰は1人1巻。師匠としては悔しいところだが、太宰の絶大な人気を改めて了解した上で企画を了承した(大村彦次郎著『文壇うたかた物語』)。

 内心は気弱でも、名誉欲は深かった久保田の反応が面白い。もちろん、現代の村上春樹のように「自分の作品は後世に残すようなものではない」との理由で全集収録を拒否したケースもある。

 文芸雑誌「三田文学」最新号には、特集「久保田万太郎の俳句」が掲載されているが、あくまでも俳句の話が中心。名句として知られる「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」についての考察はあっても、全集収録をめぐる生臭いエピソードへの言及はない。

●=鴎のメを品に